すっかり日も暮れ、仕事帰りに家の近くで信号待ちをしていると、ちょうど交差点の角にあるラーメン屋の駐車場にかなりの人だかりが出来ていた。決して流行っているわけでもないラーメン屋なので、さてどうかしたものか――などとぼんやり考えていると、そのわけはすぐ分かった。 ラーメン屋と細い路地を隔てた小さな空き地で、盆踊り大会が行なわれていた。 4、5メートルくらいの高さのヤグラが組まれていて、そこから四方に緩やかなカーブを描いて提灯が吊るされている。そして、そのまわりを様々な浴衣姿の老若男女がぐるり囲んでおり――という典型的な夏の盆踊りの風景がそこにあった。路地には焼きそば、綿菓子、金魚すくいなど、定番中の定番と言える出店がずらりと並んでいる。 「お。なんか、いいじゃない。夏だねえ」 俺はそう呟いて営業車を路上駐車させ、暗闇の中にぼんやりと浮かび上がるその盆踊りを覗きに行った。 信号待ちをしながらその光景を眺めているときは車内のラジオから流れるジャイアンツ戦の歓声で気づかなかったが、車を降りてみると辺りにはオーソドックスなリズム&メロディの『なんとか音頭』がかなり大音響で鳴り響いていた。 出店は道幅が3メートルあるかないかの狭い路地に互いを肩で牽制しあうかのようにひしめき合いながら並んでいて、人が歩ける道幅は余計狭くなっていた。そこを大勢の人々が行き交うわけだから、国会の牛歩戦術もかくあらん――といった風情だ。 当然世間は夏休み。親に手を引かれた小学生や友達同士で来ている様子の中学生など、子供達の姿が大半だった。
Tシャツに短パン、真っ黒に日焼けした男の子。赤や青の浴衣を纏った女の子。
浴衣姿の女性は、なんかこう眩しく見えて、よい。 それが小さな女の子であればより可愛らしく見えるし、中学生や高校生くらいの女の子はちょっと大人びて見える。 出店を一軒々々覗きながら歩いていると、おそらく同じクラスなんだろうな、という中学生くらいの男の子のグループと女の子のグループが、その人込みの路地をすれ違った。女の子達は皆、色とりどりの浴衣姿で、男の子達に気づくといつもの調子で彼らの名前を呼ぶ。男の子達は半分無視するような、そして半分はちょっぴり嬉しそうな笑顔も見せながらぞんざいに手を挙げた。
――夏休み。たとえば夏祭りや花火大会などでばったりと知り合いの女の子に会うと、おまけに彼女が浴衣姿だったりなんかすると、何故だか妙に気恥ずかしい気分になったものだった。 いつも冗談ばかり言っている仲間の一人の筈なのに、この時ばかりはその娘は妙に大人びて、綺麗に見える。ちょっとドキドキしている自分がいて、必要以上にその娘を意識してる自分がいて、不思議に甘酸っぱいものが身体の中に拡がる。『なんなんだ、俺は!』と心の中で明らかにロウバイしていた。
女の子達の弾けるような笑顔。男の子達の少し照れたような笑顔。 BGMに盆踊りのメロディ。
胸がちょっとだけしめつけられるような、遠いあの夏の思い出が俺の中に蘇った。
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