仕事の合間、俺は住宅地の裏路地に営業車を停めて車内で書類などを眺めていた。――というよりは、どちらかというと運転席に身をもたげ、ぼんやりと小休止していた、に近い状態だった。 高層マンションの裏、車がやっとすれ違うことが出来るくらいの道幅で、近くには商店街もあることから夕刻ということもありそれなりの通行人の姿もあった。 ふと、転々と白球が道路を転がってゆくのが見えた。そしてすぐ、小学4、5年生位の少年が使い古したグローブを手に、よれよれのTシャツ姿でその白球を追いかけてきた。行き交う通行人や自転車に気を配りながら、少年は、その白球を手にすると、ちょうど俺の営業車の上を越えるように思いきりその白球を投げ返した。 「こんな狭いところでキャッチボールか……」 子供達が大手を振ってキャッチボールに興じる場所が少なくなった――なんてことを今更したり顔で嘆くつもりはないが、どうもこの狭いマンション裏でキャッチボールをしている彼らが不敏でならない。ま、本人達にとっては(子供の視点で見ている、と言うことも手伝って)彼らなりに満足できる“広場”なのかもしれないが。 バックミラーで彼らのキャッチボールを観察していると、お世辞にも上手と言えるカタチではなかった。その証拠に、ちょうど俺の営業車が停めてある場所に近い側でボールを受けている少年は、相手の度重なる暴投と自分のエラーに何度も何度も明後日の方向に転がってゆく白球を追いかけなければならなかった。
ベコン。
営業車のおシリに、何かがぶつかる音。一瞬、車がぶつかってきたか――と思ったが、その軽く乾いた衝撃音は何が車にぶつかったのか、想像に難くなかった。近くでは、決して上手とはいえない少年ふたりがこんな狭い場所でキャッチボールをしているのだ――。 案の定、ちょっとだけ怯えた表情の少年が二人、こちらに恐る恐る近づいてくるのが運転席側のサイドミラーで見て取れた。 「しょーがねえなあ……」 腹を立てる気など毛頭ない。こんなところに路上駐車しているこちらにだって非はある。怒る、というよりはむしろちょっとも嬉しいような奇妙な感情を抱きつつ、俺は運転席側のウィンドウを下げた。 「――おーい、どこにぶつけたンだあ?」 俺が顔を出すと、 「……すいませえん」 少年がふたり、揃って言った。 嘆息しつつ車を出て、もう一度、「どこにぶつけた?」と彼らに聞くと、ボールを追いかけてばかりのほうの少年が営業車のブレーキランプのあたりを指さした。 雨が続いたせいもあってここ数週間、まったく洗車をしていない薄汚れた営業車には、少年がぶつけた軟球のイボイボのあとがくっきりと残されていた。 「ここです……」 そう言って、少年はぶつけたボールの跡をくるりと指でなぞった。――おいおい、マルで囲むことはないだろうよ……。俺はココロの中で少年をツッコむ。なんだか妙に可笑しかった。 「すいませえん」 「いいよいいよ。気にすんな」 そこには小学生ふたりと、ワイシャツ姿のおっさんがいた。 「――それより、おまえら、もちょっとキャッチボール練習しろ。さっきから見てたらボールが転がってきてばかりじゃないか」 俺を見上げる少年が苦笑いを浮かべた。 自分がガキの頃、同じように止まっている車にボールをぶつけたり、広場の隣の家のガラスを割ったりと何度もオトナに怒られた。彼等少年も俺が記憶するのと同じように、今日のこの小さな出来事がキャッチボールをしていてオトナに怒られた記憶の一つになったのだろうか。 ふたりはまた元の場所に戻ると、けらけらと笑いながら下手くそなキャッチボールを続行した。
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