今週、二度食卓に“胡麻豆腐”が登場した。 これが実にやさしく旨い。安い豆腐の水っぽさがなく、口いっぱいにまろやかな胡麻の風味が上品に広がる。すこしだけ醤油を付けていただくのが俺流。 「ずいぶんこの胡麻豆腐を気に入ってるね」 ツマが不思議そうに言った。 「そういえばさ――」俺は小鉢から胡麻豆腐をそっと口に運んだ。「俺が大阪で一人暮らししているときにね、日曜なんて結構暇なときもあったから、そういう時は俺は朝から梅田の阪急百貨店の地下食品売り場に出掛けていってウロウロしてたんだよね」 「デパ地下、好きだもんねえ」 「んでね、惣菜とかイロイロ品定めして買って帰るんだよ。なかなかゴージャスな昼飯を、独り狭いワンルームでもそもそと食べる――という自虐的行為がまたいいんだ」 「またばかなことを」 「阪急百貨店の地下食品売り場でよく買って帰った手造り豆腐がすげー旨くてね。店のおばちゃんに顔を覚えられたりしてたよ。ちょっと値の張る豆腐だったけれど、うん、旨かった。この胡麻豆腐はあン時の豆腐によく似てるような気がするんだ」 「……」 「うん、本当においしいね、この胡麻豆腐」 「メルシー(近所のスーパーの名)で、二個100円で買いました」 「……。本当においしいね、この胡麻豆腐」
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先日、ツマが友人の家に遊びに行った帰りに、クロワッサンを持って帰ってきた。その友人宅へ手土産に持って行ったクロワッサンを、俺にも喰わしてやろう――と思ったらしい。 銀座松屋にある『メゾンカイザー』というパン屋は知っている人は知っている、クロワッサンで有名なパン屋である、ということをツマから教わった。ツマが持ち帰ったクロワッサンはその店のものらしい。 基本的にその時食べているものが世界一旨い、と思ってしまう貧弱な舌を持っている俺は、ツマと知りあうことがなければ一生知ることのなかっただろうレストランやら“かふぇ”やら食い物を沢山知ることとなった。今でこそ雨後の筍のようにあちこちに出店しているスタバ(砂場じゃありませんよ。それは蕎麦屋です)へ初めて行ったのも結婚する前のツマとだったものなあ。それこそいろんな所を教えてもらったが今はそれを語るときではない。 で、くだんのクロワッサン。 俺はすでにツマが作っておいてくれた夕食のツナチャーハンをしっかり食べ終わっていたが、彼女は「このクロワッサンは非常に美味しいものであり、あなた好みの筈なのでゼヒ今食べなさい」というようなことを熱く語った。 俺はあらためて食卓に着き、ツマがいれてくれたインスタントコーヒーと共にそのクロワッサンをさくり、と一口かじってみた。 びっくりするほど旨い。なんと言ったら良いか、上質なバターの味がなんともしとやかだ。 「なるほど、こりゃあ旨いね、確かに!」 「でしょう?」 「なんと言うか、こう、パリを思い出すね」 「……あんた、パリなんて行ったことないじゃない」 それくらいに旨いクロワッサンだ、ということが言いたかった。
銀座松屋『メゾンカイザー』のクロワッサン、おすすめです。
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