★ 夏海の日記 ★

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2001年11月18日(日) コロの死

2000年11月18日の朝11頃、うちの老犬コロちゃんが、16才の生涯を終えて、静かに眠りにつきました。
愛犬っていう言葉もあるけど、何だかぴったり来ない。愛犬...う〜ん...確かに犬なんだけど...大切で愛してたけど、愛犬って言葉は、どうもしっくり来ない感じがします。コロちゃんは、コロちゃんで、それ以上でも以下でもない存在って感じ...かなぁ...。

これを言うと、とっても冷たいと思われるかもしれないけど、ちょっとホッとしています。もうこれ以上コロが苦しまなくて良いんだって。
結婚する前から、この家に出入りしていた私は、コロが拾われてきた当初から知っていたの。人間が大好きで、この家に誰かが遊びに来ると、嬉ション(子犬は嬉しいと『おしっこ』を漏らします 笑)をし、私もよくしっぽで 嬉ションをビシバシ飛ばされた想い出が よみがえってきます。
本当に人間が大好きで、自分が犬だって知らないみたいに、誰が来てもしっぽをちぎれんばかりに振ってお出迎えして喜びます。体が大きいので、知らない人は怖がるのですが、番犬には全然向かないタイプでした(笑)
義母の乗ってる軽自動車が、コロの指定席で、車に乗せられて工場へ出勤し、買い物にも出掛け、ちょっと遠くへのお散歩も、車で移動していました。(夜は家の中へ上げていました)
耳が遠い(聞こえない?)のは、私でも耳栓をするくらいうるさい工場の音で、鼓膜がどうかなったんだと(だって人間より聴覚が鋭いのに)、私は義母に腹を立てていました。(でも、コロは義母の犬だし...)
毎朝の散歩の途中で、フランクフルトとコーヒー牛乳を義母と半分ずつ食べていたので、デブデブで心臓と足を悪くしました。家でダイエットさせながら、砂糖や油を毎日与えるなんて!って、やっぱり腹を立てていました。(でも、コロは義母の犬だし...)
心臓が弱って倒れ、酸素室へ入れられて、退院してからは「歩かせてはいけない」とお医者さんに言われていたにも関わらず、相変わらず車で連れ出し、歩かせていました。これにも腹が立っていたの!!
長生きさせたいのか、早く殺したいのか?!って毎日腹を立てていました。
でも、世話をするのは義母だったので、私は何にも言えず、ただ祈るだけでした。
死んでいくものを、それがコロにとって『悪い』と判っていても何もしてあげられないまま、色濃くなっている死の気配を家で感じながら、でも実感もわかないまま暮らすのは、とっても辛かったです。何もしてあげられなかった無力さにイライラしてたし。

お別れの時は、突然に、とても静かにやって来ました。
とても悲しい思いと、家に私1人だけが他人でいる孤独さを感じました。私の感情だけ、ポツンと置いてけぼりな感じがしました。

今日(11月19日)お寺に火葬してもらいに行って来ました。義父母と3人で、私の運転で。私1人他人で、やっぱり置いてけぼりな感じがしました。(住職も変な家族だなぁって思ったことでしょう)この感情をどうして良いのか判らない状態です。
悲しいと言うより、寂しい。
でも、向こうの世界には、私の子供もいるし、弟もいる。去年亡くなった夫の友達もいるし...。コロちゃんは寂しくないよねって思いもあるかな。私が死んだら会えるのだしって思いも。

コロちゃん
本当に良く頑張ったね。
見えなくなってた目も、また見えるようになったでしょうね。
聞こえなくなった耳も、ちゃんと聞こえるようになったかな?
私からは見えないけど、そちらからはこっちが見えるかな?
まずは ゆっくりと休んで、そちらでも楽しい毎日を過ごしてね。


ところで、義母は火葬するお別れの挨拶の時に、「今度は人間に生まれ変わって来いや〜!」って言ってたけど、どう思います?
私は人間じゃなくても良いなぁ〜
義母は今、人間で、幸せなんでしょうね。
私は人間じゃない方が、自由で幸せな気がするんだけど...。 


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