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春の香は碧 【鳴門】 後編
2015年04月17日(金)


 あれからいくつもの季節が過ぎて、カカシにもガイにも、いろいろなことがあった。ガイも上忍へ昇格し、お互い担当上忍となり、部下を持ち、自らの技を彼らに伝授して・・・。

 ガイの春の風物詩の方も、作ったり、作り損ねたりした。

 去年はフキノトウを口にした覚えがない、とシカマルは言ったが、カカシもそうだった。ガイはその頃、懸命なリバビリに取り組んでいて、季節を感じるどころではなかったから。

 ・・・それだけの心の余裕が、なかったから。

 幸い、木ノ葉の里は戦禍を逃れていたから、カカシは忙しい日々の合間にあの居酒屋を訪れ、店主に直接、ガイの負傷と無事を、知らせることが出来た。

 店長は手放しで喜んでいた。情報が錯綜していて、一時はガイが戦死した、と言う誤報すら流れていたため、心配していたのだと言う。
 ただ、彼が毎年フキノトウを収穫していたと言う秘密の場所とやらは、戦争のせいでかなり荒れたらしい。その年は何だかんだで、いいものは収穫できなかった、と嘆いていた。


『アタシもフキノトウも待ってるから、また作ってって伝えてくれない? ガイちゃんに』


 知り合いが大勢亡くなって辛いから、病院には行きたくないのだ、と、店長は苦く笑った。

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 そして今年。
 火影となったカカシは忙しい毎日の中、たまたま外に出る機会があった。その際、徐々に暖かくなりつつある風の中に、懐かしい春の香りを嗅ぎ分けたのだ

 不意に、あのほろ苦い味噌の味を口にしたくなって。

 けれど自分は火影邸に詰めている身だし、ガイはガイで車椅子ながらも上忍として任務をこなしている毎日。とてもあの居酒屋に、揃って出かけられる状況ではない。

 半分諦めかけていた矢先、本日のガイ班任務のドタキャンがもたらされたのである。


 ───このチャンスを逃したら、来年まで巡ってこないかも。


 そう思うといてもたってもいられず、急いで居酒屋の店主に連絡を取った。今年のフキノトウの出来はどうなんだ、と。・・・わざわざ手紙をしたためて暗部に託したため、何かの極秘暗号と勘違いされそうになったのは、余談である。

 すると、去年の分を取り戻すぐらいに豊作だ、と返事が来たのだ。





「ってわけで、話をつけた。ガイ班は店長と一緒に、フキノトウの収穫とその後のもろもろの処理をお願いねー。調理にはココの台所、貸すから。後片付けもお願いv」
「「「はあっ!?」」」


 一見、下忍が割り当てられそうなこの唐突な任務に、ガイ班は皆、豆鉄砲を食らった鳩、みたいな表情になる。


「カカシよ・・・何もそんな任務、俺たちに頼まずとも・・・」
「他の班には無理だからね、この任務。
まずは、火影邸に出入りできるぐらい信用の置ける立場じゃないと、ダメだし」
「信用・・・あたしたちはそれだけ信用されてる、ってことなんですねv」
「当然だよー。それに、フキノトウの取れる場所って一応、店長の秘密の場所らしいから、そっちとも馴染みがないと教えてもらえないだろうし。あ、もちろん、他言無用だからね」
「も、もちろんです! 男に二言はありません」


 口八丁に持ち上げれば、若手二人はあっさり陥落。


「それにあいにく、他の班は別の任務で全員、出払っちゃってるの。今日戻ってこられるかどうかも、怪しいし。おまけに、春の天気って変わりやすいでしょ? 今日は晴天に恵まれてるけど、明日から崩れてくるって話だし」
「むむ・・・仕方ないか」


 まるであつらえたような状況に、さしものガイもそれ以上口を挟まない。

 一方、まだまだ少年の域を脱していない2人の部下は、何やら楽しそうな素振りだ。


「それにしても、フキノトウかあ・・・ネジが結構、気に入ってたよね」
「そうでしたねえ。一度お弁当に焼き味噌を、手ずから作ってきたこともありましたし」
「「え?」」


 思いもよらない言葉に、カカシとガイは目をしばたかせる。


「そんなことあったの? ガイ」
「いや、俺も初耳だ。・・・本当なのか? テンテン」
「え、あれ? ガイ先生は知らなかったっけ? お弁当、ってことは、里内にいた時よね?」
「でも、確かにあの年の春は、ガイ先生は特別任務だからって、僕たちとは別に里外に出られてたことが、何度かありましたから」
「ああ・・・あの頃のことか・・・」


 心当たりがあったらしい。ガイは亡き弟子の隠れたエピソードに、少ししんみりとした表情となった。


「まさか覚えていたとはな・・・実は一度だけ、こいつらを連れてあの居酒屋で、夕飯を食ったことがあったんだよ。で、例のごとく頼まれて、焼き味噌を作ってやってたら、あいつだけが興味を持ったんだ」
「ネジ君だけ? リー君たちは?」
「あたしたちは一応は食べては見たけど、あんまり好きにはなれなかったんですよ。苦かったから」
「僕も。効き目が滋養強壮ぐらいだし、無理に食べなくてもいいんだぞ、って先生が言われたので、つい」


 ただ、その中でネジだけが、少しずつだけではあるものの、箸をつけていたのだという。あれだけダメ出しの傾向があったのに、今になって思えば確かにあまり文句が出ていなかったな、と、ガイは感慨深げだ。


「だが、特にネジに作り方は教えなかったんだがなあ・・・」
「じっと見てましたよ、あの時、先生の手元を。僕、覚えてます」
「ただし、何を食べさせれるのか心配だ、って雰囲気でしたけどねー」
「ガイ・・・教え子たちに日頃、一体何食べさせてたわけ?」
「失敬な。食えるものしか食わせとらんぞ、俺は」
「ええ、もちろんですとも!」
「主にカレーとか、カレーとか、カレーですけどね」
「・・・・・」
「言うね、テンテンちゃん」


 そして、リーたちの話によれば、翌年の春。里内で修行の日、ネジが件の焼き味噌をおにぎりと共に、持参したのだそうだ。そして、どうやらその様子から察するに、ガイに味見をしてもらいたかったらしい。
 もう少し自分好みにしたいから、コツを知りたい、と。

 だがその直前、肝心のガイは急遽特別任務とやらで、里を離れてしまっていたのだ。それも、長期にわたって。
 だから結局、ネジの手作りの焼き味噌が、ガイの口に入ることはなかった。リーたちも、何となく遠慮して、食べようとはしなかった。


『ガイがどんな気持ちで、これを作っていたのか。
ほんの少しだけではあるが、俺にも分かる気がしたよ・・・』


 ネジが焼き味噌を持ってきたのは、それっきり。
 だが、おにぎりと一緒にじっくりと味わいながら、彼はそう呟いていた───。


「その時僕、どういう意味ですか? って聞いたけど、ネジは教えてくれなかったんですよね。ガイ班にいれば、そのうちに分かるさ、って」
「そうそう。けど、あたしにも未だに分からないんですよ。ガイ先生、どういう意味なんですか?」
「・・・・・・」


 首をかしげるリーとテンテン。彼らの様子に、カカシはガイと顔を見合わせ、あいまいに笑うしかない。


 きっとネジも、若くして上忍にまで昇りつめた彼も、気づいたのだろう。
 天気の良い、春に、フキノトウを、収穫し、調理する───たったそれだけの一連の作業が、どれほどかけがえのない平和の象徴なのか、と言うことに。

 だから、こればかりは、言葉で説明しても意味はない。


「だからだ。それを今から、確認しに行くんだ。さあ、出かけるぞ。リー。テンテン」
「いってらっしゃい。お昼は店長が、お弁当用意してくれるってさ」
「ええー、つまり、午前中いっぱいは収穫に時間をかける、って意味ですかあ?」
「修行ですよ、テンテン! そう思えば、苦にはなりませんよ、きっと」
「リーの言う通りだ! 天気もいいし、たまにはこういうのも楽しいぞ!」


 門の前で待つ『依頼人・その弐』の元へ、部下を引き連れ赴こうとしたガイだったが、不意に振り向いたかと思うと、ぽつり、カカシに告げた。

 依頼人・その壱、の六代目火影に。


「カカシ。・・・スマンな。ありがとう」
「俺も食べたかったんだよ。気をつけて行っといで」


 木ノ葉随一の機動力は伊達ではなく、言うが早いか3人は姿を消す。
 彼らを見送り、火影邸へ引き上げようとしたカカシは、ふと、僚友の残した言葉に、苦笑するのだった。


「スマン、ってのはともかく、ありがとう、って・・・木ノ葉の平和をありがとう、って意味もあるのかね、ガイ?」


 ───それは、お互い様デショ・・・?





 そうして。

 春の香が立ち込める中、騒がしく執務室へとやってくる一同の気配。


「おーい! 今年はなかなか、いい出来のが出来たぞ、カカシ!」
「あれ、シカマルくんもいらっしゃったんですか」
「お邪魔するわよお。あらあら、本当に火影様やってるのねえ? 元・写輪眼サマは」
「平和な泥だらけ、って言うのも、たまにはいいもんですねー。あとで銭湯に直行だけど」

「ご苦労様、みんな。おっ、気がきくねえ、ガイ。ちゃんと白米も炊いてくれてたんだ」
「さすがに昼間から酒、というわけにはいかんからなあ」


 炊き立ての白米をおにぎりに、焼き味噌をつけていただく。
 これに勝る平和が、そうそうあるだろうか?


「・・・うん、随分久しぶりだけど、美味しいねv」
「ホントだ・・・アタシの味覚、変わったのかしら? あんなに苦いと思ってたのに」
「大人の味ですねえ。意外にいけます」
「お店ではお茶漬けにもするのよ? シメにサイコー! ってねv」
「それも美味しそうだなあ」
「・・・カカシさん、今は執務中ですから。ンな恨めしそうな顔、しないでくださいよ」
「そうだぞカカシ。何のために白米を炊いたと思ってるんだ」
「分かってるよー二人とも。言ってみただけだってば」





 ───あの日、危機的状況の中、うちはマダラの前で。


『木ノ葉の碧き猛獣は終わり 紅き猛獣となる時が来た』


 そう、ガイは覚悟を決めていたけれど。


「ガイー」
「何だ? カカシ」
「やっぱりお前には、紅き春より、碧き日々の方が似合うンじゃない?」


 カカシがこめた言葉の意味を正しく知るのは、カカシ自身とガイ、そうしてあの場に居合わせたリー、の3人だけ。

 でも。


「・・・そうだな。願わくばこの碧き春が、出来うる限り長く続くよう、励むだけだな」


 ガイがそう答えるのに、だがこの場にいる皆が、同意するのだった。



 フキノトウの花言葉は、待望、愛嬌、真実は一つ。

 そして───仲間。


■終わり■

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 実は別所には、フキノトウの別の花言葉について、短く解説してあります。できたらあっちも、読んでくださいねーv
 CMでしたvv



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