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春の香は碧 【鳴門】 中編
2015年04月16日(木)

「ガイちゃんなら来てないわよお?」


 任務完了の報告を滞りなく済ませ、開放されたカカシはとりもとりあえず、ガイの行きつけのあの居酒屋を訪れた。
 ちょうど夕刻に差し掛かる頃で、営業開始の暖簾を用意している店主と、実に1年ぶりに顔を合わせたところ、開口一番、そう言われてしまった。

 とりあえずお入りなさいな、と促され、店内に足を踏み入れたところ。


「・・・・・この香りって・・・!」
「断っておくけど、ガイちゃんには今年まだ、作ってもらえてないのよねえ。でも、お客さんからの注文があるし、今回のは仕方なくアタシのお手製、ってワケ」


 嗅ぎ覚えのあるフキノトウの香りに、思わずその場に立ち竦む。が、店主の告白にどこか力が抜けて、そのままカウンター席に陣取った。

 簡単な料理を注文したものの、何から聞けばいいのか躊躇しているカカシをどう思ったのか、店主はどこか痛ましい表情で話しかけて来た。


「ここのところあなた、ガイちゃんとずっとすれ違いばっかりだったんですって? 体が鈍る、とか言って、退屈そうだったわよん」
「・・・来てたの、あいつ」
「一応常連だしねえ。けど、それも1週間も前の話。詳しくは教えてくれなかったけど、特別任務を命じられたとかで、しばらくは戻れない、って言ってたわ。
折角の花見の時期なのに、帰って来る頃までには散ってるだろう、って残念がってたわねえ」
「・・・・・」


 カカシが里を出た頃は、桜はまだ蕾のままだった。そして戻って来た今は、ほろほろとほころび始めていた。満開はこれからだ。
 その桜が散るまでにガイが戻らない、と言うことは、相当長い期間任務に縛られることを意味する。


「・・・けど、野生のフキノトウは出始めているよね? ガイに例の焼き味噌、頼まなかったの?」


 つい咎めるような口調のカカシに、店長は難癖には慣れているのだろう、軽く肩をすくめて見せた。


「あなた、よほど木ノ葉から離れていたのね。道理で見かけなかったはずだわ。
あのね、里はここのところずっと雨が降ってて、収穫なんか出来なかったの。ガイちゃんも何かと、忙しかったし」
「・・・つまり、店長があいつに焼き味噌をせがむのは、天気が良くてフキノトウが取れて、ガイの体と時間が空いてる時期に限られてた、ってワケ?」
「チッチッチッ。甘いわね。写輪眼ともあろう男が、肝心な条件を忘れてるわ」


 もったいぶりながら言葉を切り、出来上がった料理をカカシに手渡してから、厳かに告げられる店主の言葉。


「最大不可欠な条件、それは、ガイちゃんが無事で、心身ともに健康であること」


 ───ああ、やっぱり。


 ここの店にとって、フキノトウの焼き味噌はつまり、ガイが無事であることの証、みたいなものだったのだ。


 忍をやめたと言う店長はともかくも、ガイがこれほど香りの高い食材を扱うとなると、さまざまな意味で慎重にならざるを得ない。

 調理を行なう手が無事なのは言うに及ばず、ガイに血生臭い任務が割り振られていないことが、最低条件。任務直前でも、任務直後でもダメだ。

 直前なら、不自然に強すぎる残り香が体につき、隠密を必要とする任務に支障をきたすかもしれない。あれほどカレーの好きなガイが、重要任務の前後には決してカレーを作らないし口にしないのと、同じ道理だ。

 そして直後だと、体にまとわりついた血の香りが、折角のフキノトウのいい香りを、台無しにしかねないから・・・。

 あの草むらで、フキノトウを摘むのをやめた時、カカシはそのことに気づいたのである。

 ガイのお手製のあの焼き味噌は、彼が束の間ながら、当面の平和を勝ち得た年のみ、振舞われるものなのだ、と。


「・・・アタシがまだ忍やってた時・・・あ、結局下忍止まりだったんだけどね、色んな任務してて。ちょうどやっぱり下忍だったガイちゃんと、知り合ったのよ」


 すすまないまでも料理に箸をつけたカカシの傍で、店主は昔語りをする。


「ひどい戦闘があってね。みんな全滅するかも、って覚悟したぐらいに、ひどいの。けど、ガイちゃんだけは前向きでねえ。

『絶対に生きて帰るんだ、だから皆も頑張れ!』

って叱咤激励されちゃった」
「はは、ガイらしいな・・・」
「でしょでしょ? おかげで全員、無事木ノ葉に帰り着くことが出来たんだけどね」


 見れば店長は、自分で作ったというフキノトウの焼き味噌を、手近な器に盛り付けている。


「その時のアタシ、結構ヤバい怪我してて。もし意識を失っちゃったら、そのままこの世とはサヨウナラ〜、って状況だったの。だから、ガイちゃんってばアタシに肩を貸しながら、何かと色々話しかけてくれててね、意識を途切れさせないようにしてくれてた」


 そうして、見栄えだけはガイの作ったものと遜色ないものを、カカシに差し出した。


「その時に話してくれたことの1つが、このフキノトウの焼き味噌の話。ガイちゃんのお父さんの好物だったんですって?」
「そう、聞いてるよ」
「任務で収穫の手伝いに行った時、そこの農家の人から作り方を教わったんですって。
あんたたちがこの辺を守ってくれてるから、今年もこの平和ないい香りと再会することが出来たんだ───って、そのお礼に」
「・・・それで?」
「何となく、察してるでしょ? その思い出話聞いてるうちに、これ以上ないってご馳走に思えてさ。食べてみたいな、ってアタシがつい言ったら、『生きて帰ったらいくらでも作ってやる』って、ガイちゃんが約束してくれたってワケ」
「それを律儀に、今でも守ってるわけだ、あいつは。・・・マメだねえ」


 ───自分以外の人間にも、相変わらず熱血で情熱的な態度をとってたんだ。


 それが微笑ましくて、それでいて少し悔しい気持ちもして。
 カカシは軽く両手を合わせてから、店長お手製とやらの焼き味噌を口にした。

 似た香りで、似た味、似た苦さ。
 それでもやはり、あの時食べたものとは何となく、違う味。


「これはこれで、結構美味しいんだけどなあ・・・」
「でしょ? でもどこか、味気ないのよねえ」


 アタシの熱血と根性と青春が足りないのかしら? と本気で首をかしげる店長に、カカシは思わず吹き出す。



 ───任務は無事遂行したものの。
 ガイが両手に大火傷を負い、木ノ葉の病院に担ぎ込まれた、とカカシが聞いたのは、それから10日後のことだった。







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「あの・・・カカシさん?」
「何? シカマル? その書類にはちゃんと、サイン入れたデショ?」
「いえ、そのことじゃなくて・・・」


 その日。
 六代目火影として、執務室でさまざまな雑務を進めていたカカシは、彼の側近となった奈良シカマルに、それは怪訝な目を向けられた。

 何かしくじりでもしただろうか? と首をかしげていると、「プライベートに口出ししたくはないんスけど」と前置きした上で、シカマルはぼそぼそ、と言葉をつなげる。


「その、さっきからこの辺一帯に漂いまくってる、青臭いっていうか、独特の匂いが気になって。・・・何なんスか?」
「え? ああ、これ? ゴメンゴメン、すっかり鼻が慣れちゃったから、意識してなかったよ。ひょっとしてシカマル、こう言う香りって苦手な方?」
「苦手、ってほどじゃねえけど。・・・漢方薬でも煎じてるとか?」
「漢方薬、ねえ。まあ、広い意味では、似たようなものかもしれないけど」


 ───ナルトたちと比べて随分大人びていると思ったんだけど、意外にそうでもないってことね。いい香り、って思えるには、もう数年必要ってトコロ?


 何だかんだ言って、シカマルもまだまだ青年の域なんだな、と、ちょっとだけ微笑ましくなるカカシである。


「どっちかと言うと、ご飯のお供というか、酒の肴、の類だよ。ガイに頼んで、厨房で作ってもらってるんだ」
「・・・ちょっと待ってください。ガイ班って、今日から短期の里外任務のはずじゃ」
「あーそれね。今日になってドタキャンされちゃって。いい迷惑だったよ」


 もちろんキャンセル料はたんまりせしめたけど、とカカシが浮かべた黒い笑顔に、シカマルもそれ以上は突っ込まない。


「・・・で、折角ガイの体が空いたから、どうせなら、って俺が依頼したんだよ。材料調達から後片付けまで一式、全部やってくれ、って。ガイ班総動員で」
「仮にも上忍に、腐っても火影が、何て気楽に依頼してるンすか」
「腐っても、って・・・何かトゲを感じない? その言い方。
けどその分だとシカマルの家じゃ、今の季節食卓に出さないってコト? ヨシノさんなら手ずから、作ってくれそうだけどなあ」
「は? 俺んちの食卓に、っスか? 何を?」
「ヒントは、この香り。それと、今の季節限定の食材。・・・さすがの木ノ葉一の頭脳派も、分からないかな?」
「変なことで挑発しないでください」


 半分からかわれているのを察したのだろう。目をつぶって春の香りを確かめながら、頭のデーターブックを総動員した後、おもむろにシカマルの口を突いて出た、言葉。


「フキノトウ・・・か?」
「ごうかーくv やっぱり君の知識の泉は広いねえ」
「それ、単にオッサンくさい、って言われてる気、するンすけど。
ちなみにうちでは、おふくろが天ぷらにします。揚げたてならそこそこいけるンすけど、冷めると結構苦いから、俺はあんまり食わねえな」


 もっとも、と、切ない思い出にかられたらしく、少しだけシカマルの顔がうつむき加減になる。


「親父は、好きだったみたいですね。そう言えばこの季節、親父が家で夕食をとる日は決まって、食卓に並んでいた気がします」
「・・・そっか」
「去年やおととしは・・・どうだったかな。あの頃は色々といっぱいいっぱいで、食欲とかあんまりなかったから、出てなかったかも」


 精をつける、と言う意味でも、息子が苦手なものを食卓に並べるような母親では、なかったろう。きっと、少しでも箸がすすむよう、好きなものばかり作ってやっていたに違いない。

 今になってその配慮に気づいたと見えて、一瞬惜しむような表情を浮かべて両眼を閉じ。
 再び開いた時には、シカマルにはいつものけだるそうな目が戻っていた。


「・・・それで、カカシさんのトコはどうだったんスか? 何か、味噌の匂いまでしてるけど、そう言う調理方法だったとか?」
「違ーうよ。俺の懐かしの味じゃなくて、あいつの親父さんの好物」
「は? ガイ先生の親父さんの味を、リクエストしたんスか? 何で?」
「んー。平和になったなあ、って思ってねえ」
「?????」


 さすがのシカマルにも、その辺の事情は推理できないだろう。情報が足りなさ過ぎて。





 ───あの年の晩春。
 何とか時間を見つけてカカシが見舞いに訪れると、ガイは病室で食事の真っ最中だった。

 指に巻かれた包帯と痛みに悪戦苦闘しながらも、戸口の友人の姿を見つけた途端、いつもの開けっ広げな笑顔を向ける。


『火遁使いがいたんだって?』
『おうよ。結構ヤバかったな。何せ火に邪魔されて、なかなか近寄れなかったんだ』
『・・・どうせお前のことだ。無理やり火の中に突っ込んで、突破口を開いたんだろう?』
『さすがだな、そこまで見抜いているとは。それでこそ、マイ・ライヴァルだ!』


 つい恒例のナイスガイ・ポーズをしかけて、指の痛みがぶり返したらしい。「痛くないぞおおおおっ!」と、無駄な気合を入れるのを、カカシはどこか安堵した気持ちで眺めていた。


 ───おそらくは、火遁使いが一番の難物だったのだろう。
 むろん敵が単独で行動するわけもないから、他の仲間たちは別の忍たちからの攻撃をしのぐのが、精一杯で。何とか迅速に動けるガイが、やや強引な方法で火遁使いを倒した、といったところか。
 両手指の大火傷は、その代償だ。

 分かっている。それしか方法がなかったのだ、ということは。
 けれど、もう少しやり方を考えろ、と思わずにはいられない。
 そうでなくても、もともと体術使いは直接的な攻撃な分、ダメージもまともに食らってしまうのだから。


『・・・今年はもう、例のものは作ってやれないなあ・・・』


 味気ない病院食に、記憶が刺激されたのか。ボソリ、と呟くガイ。


『命あってのものだね、だろ? 店長も分かってくれるんじゃないの』
『そうは言っても、この機会を逃したら、次は1年後だ。それも、作ってやれるかどうか、約束できるものでもないし』


 悔しそうに呻くガイの横顔を見ながら、カカシは改めて確信する。
 やはりガイにとっても、フキノトウの焼き味噌は、平和な春の訪れの証だったのだ、と言うことを。

 あれだけ渋々、と言う体を装いながら。
 まるで、分かる者には分かる、合言葉のように。

 だからこそ、店を訪れた多くの客が、店長の作ったものより、ガイのものを好んだのではないか。


『・・・あのさ。妙にこだわるよね。親父さんの好物だ、って言ってたけど、ダイさんはひょっとして毎年作ってたわけ?』
『言われて見れば・・・そうだったな。下忍止まりだったから、よほどのことがない限りめったな任務は回ってこなかったらしい。ほぼ毎年、食ってたっけ・・・』


 その思い出故に、毎年の春の風物詩として、ガイは覚えているのかもしれない。子供の頃の出来事は、1年1年が全て大切な宝物なのだから。


『・・・現状を嘆いても仕方がない。もっと俺が、強くなれば良いだけの話だなっ』


 退院したら早速修行せねば、と。
 ガイが出した結論は結局、呆れるくらいいつも通りのポジティブなものだった。


■続く■

※スミマセン・・・後編まであります・・・




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