「・・・亡くなりました」 「「・・・・・・っ!?」」 が。 「・・・・・って言ったら、信じます?」 その数秒後、まるで先ほどまでの緊張感を忘れたかのような能天気な声が、浦原さんの唇から飛び出す。 「・・・・・は・・・?」 「信じます、って・・・」 まるで馬鹿の一つ覚えみたいに、鸚鵡返しにしか言葉を発することが出来ねえ俺たちを嘲笑うかのように、浦原さんはにっこり、と唇を歪める。ご丁寧にも、懐から取り出した扇子をヒラリと広げながら。 ───言われた意味を、おぼろげながら理解するのに数秒。そして、からかわれたと察するのに、更に数秒を要し。 気がつけば俺は怒りに任せて、浦原さんの胸倉をあらん限りの力で掴み上げていた。 「ってことはてめえ! コンは無事なんだな!」 「ええ、とりあえずは。今治療の真っ最中っスよ。ほら、こうやって、ね?」 彼が懐から取り出したのは、小さな蓋付きの瓶。 その中には透明で粘り気のある液体が8分目ほど入れられていて、更にその真ん中辺りに───見覚えのある、義魂丸に似た球体の改造魂魄が、ゆらゆらと浮かんでいた。 「特別コーティングを施してるところっス。よっぽどの無茶でもしない限りはこれで当分、壊れずに済むでしょう」 「あ・・・・・・」 緊張の糸が切れたのだろう。ルキアはその場で、腰を抜かしたようにうずくまる。 が、あいにく俺も気持ちに余裕がなかったもんだから、彼女のことなど構っていられなかった。 「タチ悪いぞ! この状況でそういう冗談、口にするんじゃねえっ!」 コンの奴が死んでしまったかと、早合点しちまったじゃねえか! 俺がそう憤るのも、無理はないだろう。 が、ヘラヘラと笑っていたのは、そこまで。 浦原さんは急に表情を変えると、逆に俺の胸倉を思い切り掴み上げた。 「あなたに・・・そんなことを言う資格があるんですか? 黒崎さん」 帽子の下から現れたのは、明らかに怒りの両眼。その容赦のない殺気に、俺は思わず浦原さんから手を離していた。 「もしコンさんが、アタシを頼らず治療も受けずにいたら、さっきの宣告はまさに現実になっていたんですがね? 正直、間一髪のところだったんスよ」 「・・・・・っ!」 「思い出して下さい。アタシは一度は、霊法の名の下に彼を殺そうとした。下手をすれば、これ幸いと再び廃棄するかもしれないのに、どうしてコンさんがアタシに相談を持ちかけたのか、分かってますか? 他には誰も頼ることが出来なかったから。そ、たとえ黒崎さん、あなたにすら、ね」 ───そう、だ。その通りだ。 もしルキアが、たまたま真央霊術院で改造魂魄の実験報告書を見つけていなかったら、俺はコンの異変には気づかなかった。 いや・・・正確には、コンの態度に違和感は覚えていた。が、それを深刻なものとは、受け止めていなかったのだ。 とりあえず立ち話もなんだから、と、浦原さんは俺たちを伴って店の中へと入る。 何度か訪れた店の茶の間のちゃぶ台の上には、良く見慣れた少しくたびれた感じの、ライオンのぬいぐるみが横たわっていた。 むろん、今はピクりとも動かぬ、物言わぬ存在。 「まあまさか、朽木さんが尸魂界から訪問されているとまでは、思いませんでしたからねえ。もし来られると分かっていれば、もう少し穏便な方法を採らせていただいたんですが」 テッサイさんにお茶を淹れてもらいながら、浦原さんは畳の間に座った。それにつられるように俺とルキアは、その向かい側へ腰を降ろす。 それぞれの前にお茶を置き終えるのを見計らって、口を開いたのはルキアだった。その指先で、ぬいぐるみの頭を優しく撫でながら。 「・・・私が来ているのが分かったら、何か都合が良かったと言うのか?」 「材料集めと必要経費っス。今回何が手間取ったって、コンさんに施すコーティング剤の原料を集めることでしたから。さすがに店で揃えてるものだけでは足りなくて、急遽夜一さんにもお頼みして、尸魂界でかき集めて来て貰ったんスよ。むろん、護廷十三隊には知られないように、秘密裏にね」 「材料はともかく、治療費取るのかよてめえ。コンの命がかかってたんだろうが」 「アタシもボランティアでやってるわけじゃありませんから。それに、夜一さんだけで集められないものを好事家から、買い取る必要があったんですよ」 「それも秘密裏故に、相応の経費が必要だった、と言うわけだな?」 コックリ頷く浦原さんを見ながら、俺はつくづく自分が無力な子供だということを痛感させられていた。 確かに今の俺にはコン同様、自由になる大金があるわけじゃない。後で分かったのは、俺がこれまで倒した虚の何匹かには追加給金があったものの、それも微々たるもの。コンの治療費には、あいにく足りなかったって話だ。 とりあえず、かかった必要経費は後日現金でルキアが支払う、と話がまとまったところで。 「・・・で? 浦原さん、あんたは一体どういうつもりで、今回の騒動を計画したんだ?」 俺はおもむろに、今一番気になることを直接、ぶつけることにした。 「はい? 何のことっスか?」 「とぼけんな。コンに、本来なら必要のねえ義魂丸渡したのは、俺たちに警告を促すためだったのは分かる。口で言うよりは、自分たちで気づかせた方がコトの深刻さを思い知る、って意味だろ」 確かにこのところ、藍染との戦いが終結したばかりってんで、少し油断してたのは事実だ。だからこそ浦原さんは、手がかりをあれこれとわざとらしく提示して、コンの危機を俺たち自身で感知するように仕向けたに違いない。でなきゃ俺とルキアは、真相にたどり着くのにもっと時間がかかったはずだ。 案の定、とぼけた商人は俺の質問を否定しやしない。 「・・・分かってるんだったら、何も聞く必要なんてないでしょうに」 「俺が分からねえのは、コンが本気で死ぬ覚悟でいたらしい、ってことだ。あいつは必要以上に仲間と関わらないようにして、記換神機で記憶を差し替えても違和感のないように仕向けてる。 ・・・あんた、まさかとは思うが、コンに治療のこと、全然話してなかったんじゃねえのか?」 俺の言葉に、ルキアはハッとした顔つきになる。 ───そう。このところコンは、明らかに挙動不審だった。 いつもなら口実すらなくても会いたがった井上に、キャラメルの礼を言いに行けと何度もすすめたにも拘らず、ついに行かなかったのがその証拠。 もし端から治る見込みがあるんだったら、あいつはその可能性にくらいついたんじゃねえのか? なのにあいつの態度は、むしろ潔いと例えていいぐらい、生に執着していなかった。 疑惑でつい目つきが悪くなる俺の前で、浦原さんは困ったような笑みを浮かべる。 「そうっス。まるで話してませんでした」 「! 何故だ浦原!?」 「1つには、コーティング剤の準備が出来るまでに、果たしてコンさんの魂魄が『もつ』か、と言う問題があったんです。下手に期待をさせておいて、実際には出来ませんでした、じゃ、そっちの方がよほど残酷でしょ?」 「残りの理由は?」 「・・・やっぱり、話さなきゃいけませんかねえ?」 のらりくらりと構え、こちらの出方を伺うような視線を向ける浦原さん。 「ここまで話しといて、今更何隠す必要あんだよ?」 「聞かない方が、きっと良いと思うんですけどねえ」 「聞いても聞かなくても後悔するんだったら、俺は聞く方を選ぶぜ」 「それが偏(ひとえ)に、あなた方のためを思っての行動だった。・・・そう言っても、ですか?」 一瞬怯みはしたが、ルキアの方を伺ったところ、力強く頷いてくれる。 「・・・・・・ああ」 「私も一護の意見に賛成だ。聞いて後悔した方が良い」 「分かりました。・・・本当は口止めされてたんですけどね、また同じようなこと繰り返されても困りますし」 目の前にいるぬいぐるみの鼻を、咎めるように1度だけ突付いてから、浦原さんは話してくれた。 「ま、要はコンさんの置かれた立場が極めて厄介だったから、なんですけどね・・・」 ********* それは、ほんの1週間前のこと。店には浦原さんとテッサイさんだけがいた時、唐突にコンがぬいぐるみ姿のまま現れたらしい。 何やら深刻な雰囲気のコンを、とりあえず長丁場になると判断したテッサイさんが今いる茶の間へと通したところ、あいつはいきなり頼み込んだのだ。 『頼む、浦原! 俺に記換神機を譲ってくれ!』 当然、浦原さんは断った。義魂丸もそうだが彼の扱う尸魂界製の道具は、簡単な気持ちで使っていい代物ではない。 理由を尋ねた浦原さんに、コンは何度となく躊躇した後、ボソリと呟いたんだそうだ。 『多分俺、もうすぐ砕けて壊れちまう。この間一護の体から抜ける時、魂魄の辺りがギシギシ軋んで、痛くてたまらなかったんだ』 ───それはむろん、改造魂魄が壊れる前の自覚症状。 ただちに状況を悟った浦原さんだったけど、それがどうして記換神機を欲しいということに繋がるのか、そっちは理解できなくて。 とりあえず診察をしてみたらどうだ、と持ちかけたのだ。単に、俺の抜き方がまずかった可能性もあるし、今ならまだ治療のしようもあるかもしれないから、と。 だが治療、と聞いてコンは、 『ぬいぐるみの方はともかく、改造魂魄本体に治療が必要なのかよ?』 と返したのだ。それこそ、何を言われているのか分からない、と言わんばかりの表情で・・・。 ───確かに、かつてコンたちを作った技術開発局も、改造魂魄のことは『多少使い勝手の良い、量産できる尖兵』と言う認識しか持ち得なかったのは事実。 でも、それなりに付き合いのあるコンに対しては、さしもの浦原さんも情が移りつつあったみたいで。何の気負いも、何の疑問もなくそう言われてしまったことに、思わず絶句させられたのだと言う。・・・まあそれだけ、あいつの置かれてた環境が苛酷だった、って証拠なんだろうけど とっさに何も答えられなかった浦原さんに、コンは静かに訴えたらしい。 『今なら・・・俺様があいつの身代わりしなくてもいい状態が長く続いてる今なら、きっと記憶を消しても不自然じゃねえよ。義魂丸を使ってた、って記憶操作すれば済むだろ? あいつ・・・一護のヤツさあ、ちょっと気負いすぎてるっつーか、必要以上に重荷、背負ってる気がしてならねえんだ。だからこの際荷物の方から、気取られないうちに降りてやろう、って思ってさ。ちょうどいいじゃん。やっと平和になったんだし、これ以上しんどい思いしなくてもよ。 もともと廃棄処分されるはずだった俺がいなくなれば、あいつが尸魂界に処分されるって危険も、なくなるんだろうし』 あまりに達観しきった主張は、さすがの浦原さんにも作戦の変更を迫らせた。 変に説得しようとしたところで、コンが決意を変えようとしないのは目に見えている。だから、記換神機を買う金がない、という方向から攻めることにしたのだ。 曰く、現在自分が極秘裏に進めている実験があり、それには希少価値の改造魂魄が必要。その実験に、死ぬ間際で良いから付き合ってくれると約束したら、代わりに記換神機と義魂丸を提供しよう、と───。 その約束の日、つまりは実験決行の日が、まさに今日。コンはそれまでに覚悟を固めかけていて、更にルキアの訪問により、完全に心を決めた───まあ、こんなところか。 ********** 「もっともその実験、と言うのがたまたま、壊れかけた改造魂魄にコーティングを施して延命させる、って前代未聞の代物だった、ってだけでしてv」 「・・・モノは言いようだな・・・」 「ちょっと待て。その実験の本当の目的、きちんとコンに話してあるんだろうな?」 事情が事情とは言え、いくら何でも人体実験すると思い込んだまま、ってのはあまりにマズいだろうが。 どうにもその辺が気になって尋ねたが、さすがに浦原さんは抜かりはねえ。 「勿論ですよ。後で『この世に未練はなかったのに余計なことを』なーんて恨まれても困るっスから、コーティング液につける直前に、ちゃんと説明しました。ただし、成功率は五分五分っスから、あんまり期待ないで下さいね、って付け加えときましたけど」 「「をい【怒・始解】」」 「嘘ですって。本当の成功率は、まあ99.9%と言ったところでしょう。 ・・・ま、人の気も知らず、勝手に重荷気取りで勝手に人生の幕を下ろそうとしたやんちゃ坊主に、せめてもの嫌がらせ、ってことで勘弁してくださいな」 その呟きに、俺は思わず浦原さんを見やる。 彼はまだ少し、怒っているみたいだった。コンの窮地に気づいてやれず、もう少しで死なせるところだった俺へ、の憤りかも知れない。 そして、周囲の心配をよそに、独りよがりな行動をとりやがった改造魂魄へ、も、むろん。 俺の視線に気づいたのか、浦原さんは少し疲れたように笑って、付け加えた。 「・・・アタシはね、黒崎さん。彼にはもう、不幸な死に方はして欲しくないんですよ。かつてコンさんの仲間たちに、一方的に理不尽な死を強いた立場の1人として、ね」 もっともこんなの、単なる自己満足、エゴかも知れませんけど。 元技術開発局々長だった男のその言葉に、俺とルキアはいつしか、お互いの顔を見合わせて苦笑いをかわしたのだった。 *************** ルキアと、そしてぬいぐるみに注入されたコンと共に、俺が自分の部屋へ戻ってきたのは、ギリギリ門限前。 夜はとっぷりくれ、階下から聞こえる遊子や夏梨たちの声に、旨そうな食事の香り。いつもどおりの日常が、ここでは息づいている。 「・・・まだ寝てンのか、コンの奴」 「ああ。随分楽しそうな寝言を言っておるぞ」 「ったく・・・ノンキに眠りこけやがって」 ゆったりとベッドの上へ横たえられたぬいぐるみは、時折むにゃむにゃと何かを呟きながら寝返りを打っていて、その寝顔は安らかだ。・・・さっきまでのことがあるから尚更、そう見えるのかも知れねえけどな。 とりあえず自分の体に戻り、ようやく訪れた安心感に伸びなんぞしていると、コンの横に座り込んでいたルキアに声をかけられた。 「なあ、一護。いきなり訪ねておいて済まぬが、今晩はここに泊めてもらえぬか?」 「押入れに? そりゃ俺は構わねえけど・・・尸魂界の方は大丈夫なのかよ」 「問題ない。明日まで休暇をとってあるから。それに・・・」 ルキアの手は、コンの毛並みを確かめるように優しく撫でている。 「目が覚めたこやつのそばに、いてやりたいのだ。お前はちゃんと生きているぞ、一人などではないのだぞ、と。・・・いらぬことを吹き込んだから、謝りたくもあるしな」 「謝る、なあ・・・お互い様なんじゃねえの?」 俺が半ば憤然と呟くと、ルキアがキョトン、とした顔を俺に向ける。 「・・・何だ一護、貴様は謝らぬのか?」 「ぜってー謝んねえ」 「一護・・・いくら何でも、それは冷たいのではないのか?」 「知らねーよ、ンなこと。浦原さんも言ってたろうが。勝手にてめーのこと重荷扱いして、一人で勝手な行動しようとした馬鹿に、頭なんか下げるかってんだ。 俺は荷物持ちじゃねえっての。あいつのことは図々しい居候だとは思っても、お荷物だの重荷だのと考えたことすらねえんだ。なのに、メンドくせえ早合点しやがって。 大体、一緒に住んでる俺より、何であんなうさんくせえ下駄帽子の方を頼りにすんだよ。まずは俺に相談だけでも、とも思わなかったってのが、断然気に食わねえ」 目が覚めたらソッコーぶん殴る! んでいつものように2、3度、床で踏みにじってやる! 右手を固く握り締めてそう宣言する俺に、ルキアはかなり驚いていたようだったが、不意にクスッと笑みを零した。 「そうだな。貴様たち2人は、お互いそれでいいのかも知れぬな」 今日、ここへ来てから初めての、心からの笑みを。 命あるもの、形あるものは、いつか必ず終わりの日が来る。それは決して、逃れることのない結末だ。 けど。せめて遠い未来であってくれたら、それに越したことはない。 そして願わくば、穏やかな結末であってくれたなら───。 ≪終≫
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