ちゃんちゃん☆のショート創作

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いつか来たる結末、されど遠い未来であれ(3)
2008年12月03日(水)


「・・・だからルキアは、あいつに自覚症状がないか、聞いたんだな?」

 だが、そう聞いた俺はまだまだ甘かった。事態はもっと、深刻なものをはらんでいたのだから。

「そうだ。まだこの部屋にいる時なら良いが、万が一外出先でそのような状況になってみろ、下手をすれば尸魂界にもあやつの存在が知られかねぬ」
「・・・・・!」
「貴様の死神代行許可も、取り消しになる恐れもある」
「なっ・・・!」

 ルキアのあまりの言い草に、俺は思わず彼女の胸倉を掴んでいた。

「何だよ、それは!? ルキアはあいつを心配してたんじゃねえのか?」

 それではまるで、人手不足だと言う死神を少しでも減らさないため、みたいに聞こえる。コンの寿命を案ずるのでは、なく。

 だがルキアは、そう詰めかかられるのは予想していたのだろう。顔色こそ悪いもののひどく落ち着き払って、俺に静かに諭した。

「あやつは全て、覚悟の上だったぞ?」
「覚悟って・・・」
「だから貴様には、このことを聞かせたくはなかったのだ。やはりまだまだ、死神としての自覚と覚悟が足りぬ。
・・・そういう意味では、まだコンの方が性根が座っていると見える。さすがに改造魂魄として、作られただけあるな」

 振り払うのではなく、ゆっくりとした仕草で胸元を掴んでいる俺の手を外すと、ルキアは静かに語り始める。

「一護、貴様がコンのことを案ずる気持ちは分かる。そもそも今日(こんにち)のような状況になったのも、あいつの境遇に同情してのことだったな。ましてや長い間一緒に暮らしてきて、情も移ったのだろうし。・・・だが、逆の立場のことを考えたことはないのか?」
「逆?」
「仮にも貴様は、あやつの命の恩人だ。尸魂界の掟に反して、あやつを助けた。
・・・もしそのことが尸魂界側に知られ、貴様が罰せられでもしたら、あやつがどんな気持ちになるか、考えたことはないのか?」
「・・・・・!」

 ルキアの厳しい言葉に、俺は一瞬思い出す。
 仕方なかったこととは言え、死神能力の譲渡と言う重罪を犯した、目の前のルキア。
 こいつが俺を助けるために、何の抵抗もせず連行されて行くのを、ただ、見守るしかなかった、無力な自分を・・・。

 あんな思いを、俺は、コンにもさせている、って言うのか?

「口でどれほど生意気なことをほざいておっても、コンは本音では貴様のことを慕っておる。そして、自分のせいで貴様が危険な目に遭うなど、きっといたたまれぬ。それに・・・朽木家と言う後ろ盾がある私とは違って、貴様は死神代行とは言え、単なる無力な人間に過ぎぬのだぞ?」

 言い方は傲慢だったものの、俺にはルキアが言いたいことが良く分かった。分からざるを得なかった。
 だって、俺はあの時いたたまれなかったから。ルキアが処刑されると知って、何が何でも、どんな手段を用いても助けたいと願い、ついには実行に至ったのだから。

 だが、コンの場合は、俺とは違う。
 あいつが今戦ってるのは、尸魂界の掟なんかじゃない。自分の寿命、と言う、いつかは必ず訪れる、逃れきれない運命。

 人も死神も、不老不死ではありえない。改造魂魄って「モノ」も、いつかは寿命が尽きる。それはあいつにだって、ましてや俺にだって、そして死神であるルキアにでさえ、既にどうしようもないことではないか───。

 俺は押入れの中で聞いた、コンの、らしからぬ殊勝なセリフを思い出していた。

『せめて俺からの、最後の思いやりってヤツ?』

 どうしてもやり切れぬものを感じる俺に、それ以上論じても意味はないと察してくれたんだろう。ルキアは少しだけ笑みを見せて、こう言った。

「・・・大切なことを隠していて、すまなかったな、一護。だがこれは、今日明日の切羽詰った話ではない。遠い未来のことを、私たちだけでとやかく言う筋合いのものではないだろう。
ただ、そういう前提のことなのだと、心に留めておいてくれ。今は、それだけでいい」

 確かに、あいつが既に覚悟を決めているんなら、俺が下手に騒いでも逆効果だろう。
 だがそこで、ルキアの言葉に渋々頷きかけた俺は、急に背筋が寒くなるのを感じた。

 無意識のうちに手で押さえているのは、さっき打ち付けた体。
 打ち付けたのは、さっきまで眠り込んでいた押入れの壁。
 その押入れの奥底で───俺は、俺は、何を見つけた!?

「待てよ、ルキア・・・本当にコンのヤツ、自覚症状ねえのか?」
「・・・何?」
「ルキアはあいつに、検査とかしたのか? それともただ、問診しただけなのか?」
「いきなり何を・・・」

 眉をひそめるルキアに構わず、俺は再び押入れの中に入った。夢であってくれ、単なる心配のしすぎであってくれ、そう願いながら・・・。

 だが、もぐりこんだその奥にあった2つのアイテムは、決して夢幻(ゆめまぼろし)ではなく。
 夕日が眩しく差し込む部屋の中、俺はコンが隠していたものをルキアにも見せる。

「見ろよ、さっき気づいたんだ。2、3日前、あいつがここに持ち込んだヤツ」
「これ・・・は・・・まさか、記換神機と義魂丸!?」
「何で義魂丸が必要なんだよ? 俺はコンを、義魂丸の代わりに使ってるんだぜ? なのに今更こんなもん、何であいつが!?」

 そう、通常の状況であれば、決していらないもののはず。

 ・・・・・だが万が一、もしもの事態となっていたとすれば?
 記換神機と義魂丸、その両方が必要となるではないか!

『そっか・・・覚えてたのか』
『井上さんからも、お前からお礼言っておいてくれよ』

 必要以上にしがらみを作らないようにしていた、あの態度。

『もしあいつが、俺が・・・んだことに気づいたら、消してくださいね?』

 そしてコンがルキアに頼んだ、あの言葉。

 俺にはきちんと聞こえなかったけど、ひょっとしたらこういう意味だったのではないか。

 もしあいつが、
 俺が死んだことに気づいたら、
 消してくださいね?
 俺の記憶を、皆から───。



 ルキアの顔色の悪さは、先ほど俺が盗み聞きしていたと悟った時の比では、なかった。

「そん・・・な、馬鹿な! だってコンは、ここしばらく一護の体には入っていなかったのだろう? 改造魂魄は本能で、人間の体を死に場所に求めるのだぞ!? なのにあやつは、このところずっとあのぬいぐるみのままでいたと・・・今は一護の代わりをする気分ではないと・・・だから私は・・・」
「正確には、1回だけ俺の体を預けたことがあったんだよ。
けどあいつ、勝手に俺の代行証を使って、自分で魂魄抜き取りやがったんだ」
「・・・・・・・・!?」

 一見ワガママなコンがとった行動が、何を意味するのか───俺は最悪の結末を、想定せずにはいられない

 ルキアが改造魂魄の寿命について知り、現世を訪れるまでもない。
 手段を選ぶ暇などなく、一刻も早く俺の体から抜け出さなければならぬほど。
 そしていざと言う時のため、記換神機を傍らに置いておかねばいけないほど。

 とっくの昔にコンの身に、壊れる自覚症状が現れていたとしたら───!?


 ここで改めて俺は、コンの不在に薄ら寒いものを感じずにはいられなくなった。

 さっきまで一緒にいたルキアの話だと、今日は遊子と遊ぶ予定があると言っていたらしい。が、俺が直接遊子の部屋に駆け込んだが、遊子もあいつもいなかった。勿論他の部屋も探し回ったが、影も形もなく。

 もし本当に、あいつに自覚症状が現れているのだとしたら、一刻も早く見つけ出さないと。さもなくば、あいつはもう俺たちのところへ戻ってこない気がする。

 死を悟り、決して行方を告げず、ふらりと姿を消してしまう猫の如く───。

 必死こいてあいつの僅かな霊圧を探っていた俺に、ルキアはハッとして叫んだ。

「浦原商店だ、一護! あやつは義魂丸も記換神機も、浦原のところで手に入れたはずだ!」

 聞くが早いか、俺は代行証を使って直ちに死神化する。そして窓を飛び出し、浦原商店の方角をひた走った。

「待て一護、落ち着け!」

 俺に追いすがったルキアが、俺に向かって懸命に訴えてくる。

「浦原のところへ向かったと言うのなら、まだ望みはあるのだ、だから冷静になれ!」
「望み? 望みって何だよ?」
「浦原が何も言わず、何も聞かずにコンへ、記換神機を手渡すことなどありえぬ。必ず理由を聞き出しているはずだ。それに、単に死に場所を求めるつもりなら、あいつは絶対浦原の元へなど行かぬ! 思い出せ、あやつは浦原に、一度破棄されかけたではないか! わざわざあの時の恐怖を、再び味わいに行くはずがなかろうが!」

 走りながらも、絶えず辺りの気配を拾い上げる。あるいは浦原商店へ到達する途中で、あいつが行き倒れているかもしれないから。

「だからもし本当に浦原の元にいるのなら、それは全然違う理由になる」
「何だよ、その全然違う理由って!」
「治療だ! 浦原はあれでもかつては、改造魂魄を開発した技術開発局の長だったのだ。改造魂魄の仕組みを知っているのなら、延命治療が可能やも知れぬ! いや、きっとそうに違いない!」

 そう断言しながらも、ルキアの横顔は今にも泣きそうだった。

「一護・・・」
「何だ」
「私は・・・コンにどう詫びればいい?」
「ルキア・・・」
「そんなつもりはなかったのだ。あやつに最後通告をするつもりなど、これっぽっちも。私はただ、せめて残された人生をせいいっぱい生きて欲しいと、そう言いたかったのだ。だから、そのための覚悟を持たせてやりたかっただけだった。なのに・・・」

 ルキアの思いやりは、決して間違ってはいなかったんだろう。俺としては、納得出来ない部分もあるけれど。
 だが、もし俺が同じくルキアの立場だったら、何かあいつに気の利いた言葉をかけてやれただろうか?

 せっかく破棄処分を逃れ、せいいっぱいに生きていたコン。
 けれど俺は徒(いたずら)に、いつか必ず来るあいつの寿命を、ほんの少し先へと延ばしてやっただけに過ぎないんじゃねえのか・・・?


 俺もルキアも瞬歩を使っていたから、本来ならそれほど移動時間はかかっていないはず。だが、浦原商店の建物が見えてきた時には、まるでやっとの思いで長旅から帰って来たかのような錯覚に陥っていた。

 はやる気持ちを抑えつつ、上空から一気に店先へと舞い降りる。が、俺は即座に店内へと駆け込もうとした自分の体を、思わずたたらを踏んでその場にとどめていた。

「───いらっしゃい。黒崎さん。朽木さん」

 何故なら、浦原商店の店長にして、元技術開発局々長・浦原喜助が、まるで、俺たちの到着を待ち構えていたかのような風情で、店先に立っていたから。

「浦原!」
「浦原さん!」
「随分遅かったじゃないっスか、お2人とも。コンさんを探して、ここへ来られたんでしょう? 折角アタシがあれこれと、手がかりを残してあげたって言うのに」
「手がかりだと?」
「そうっス」

 飄々としたその態度からは、何を考えているのか全く伺えねえ。

「だって、良く考えてみてくださいよ? タダでさえ自由になるお金が少ないコンさんが、代わりの義魂丸だの、記換神機だの買えるわけ、ないじゃないっスか」
「なっ・・・・・!?」
「あなたがもう少し、彼の体調に気を払ってくださっていれば、こんなことにはならなかったんですよ? 黒崎さん。
もっとももう・・・今更何を言っても、仕方のないことっスけどね・・・」

 え・・・?
 何だと・・・?
 今、浦原さんは俺に対して、何を言った?

 混乱して頭がぐらぐらする。両足が、地に付いている気がまるでしねえ。

「仕方ないとは、どういう意味だ、浦原! まさか、まさかコンがっ・・・!」

 動揺のあまり口も利けねえ俺に成り代わり、ルキアが血相を変えて浦原さんに詰め寄る。
 が、彼は淡々とした口調で、義務的に俺たちへと告げたのである。

「・・・亡くなりました」


≪続≫







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