ちゃんちゃん☆のショート創作

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いつか来たる結末、されど遠い未来であれ(2)
2008年12月02日(火)


 それから、2、3日経ったある日のこと。
 俺が夕方学校から戻ってくると、例によって例のごとく、コンは勝手に外出してしまった後だった。
 あれからコンとは、ロクに顔を合わせちゃいない。俺も夜間の死神代行業がことのほか忙しく、加えてあいつが部屋にいないもんだから、自然とそうなっていた。

 さっさと井上に、キャラメルの礼言っておけよな、全く───。

 そう思いつつも、あいつが気が向かないと行動しないのはいつものこと。俺は大して気にも留めず、制服から私服に着替えながら自室の押入れを開けた。
 季節は秋。衣替えの時期である。そろそろ冬服を出しておかねばならないと、クリーニングに出しておいた詰襟の制服に手を伸ばした、その途端。

 ポロッ☆

 何の弾みか、詰襟のボタンが外れて落ちた。実に唐突に。
 そしてそのまま、押入れの奥へとコロコロ転がっていってしまう。

 詰襟のボタンは校章がかたどられたもので、他のもので代用できやしない。慌てた俺は急いで押入れへと上体を押し込み、ボタンを探すことにしたんだ。
 が、どこをどう転がったもんだか、そう簡単には見つからない。仕方なく俺は、下半身まで体を入れてから、改めて押入れの中を探索した。

 正直言って、押入れの中は狭い。子供の頃はそうでもなかったが、今の俺は成長期で、手足を折りたたまないと体が入りきらねえ。だから相当苦心して、手が奥の壁まで届くぐらいに体を突っ込む。
 そうしておいて、大体ボタンが転がっていった方向へ手をくぐらせると、ラッキーなことにそれらしきものに指が引っかかった。

 そのまま引っつかみ、手元に引き寄せると、まさにそれは制服のボタンだったのだが・・・。

「?」

 どうも一緒に、引っ張り出してしまったらしい。見覚えのある薄い布が1枚、ボタンと共に俺の前に現れる。そしてその弾みで、何かがひっくり返る音がして、俺に舌打ちをさせた。
 どうやらうっかり俺が触ったのが、コンの風呂敷だったから。あの夜、あいつが「触るなよ」とわざわざ念を押した。多分俺が引っ張ったせいで、中身を全部放り出してしまったに違いない。

 ・・・わざとじゃねえからいいよな? 元に戻しておけば、あいつもそう目くじらを立てねえだろう。

 そんな気楽な思いで、更に押入れの奥へと体を踏み入れた俺だったが、さて、とばかりに風呂敷筒の中身とおぼしきモノを目にした途端。

 ───固い氷入りの水を猛烈な勢いで、頭からぶっ掛けられたような衝撃を受けた。

 そこにあったのは、駄菓子の類ではない。それどころか、本来普通の人間だったらまず、手になんかできない代物が、2つもあったのだ。

 1つは、まだ分かる。あいつは時々俺の体を使って、本当の俺ならまずしやしないことをしでかすことがあるから、その証拠隠滅のため。加えて俺も、一般の人間に死神としての姿を見られてはまずいんで、ひょっとしたら必要になるものかもしれない。

 だが、もう1つは。こっちの方は。
 あいつが───改造魂魄で、今は義魂丸の代わりをしているコンが、死神代行の俺の傍にいる限り、決して必要としないもの。

 何でこんなものをあいつが!?

 慌てた俺は、思わずその場で立ち上がってしまい。

 ごいん☆

 頭を押入れの天井に打ち付け、その痛みと眩暈、そして・・・このところ連発してた虚退治の疲労も重なり、間抜けなことにそのまま俺は、押入れの中で気絶してしまったのである。

**********


 ・・・頭の痛みが治まり始めた頃、俺は変な夢を見た。

 窓の縁に死覇装のルキアが、コンと並んで座り、ひそやかな声で話をしている風景。

 もうすぐ夜になるんだから、窓ぐらい閉めろよ、と言いたくなったが、どうせ夢だ。あいつらに俺の声は聞こえないだろう。

 そう思いながら、俺はボンヤリとしたまま2人の会話を聞いていた。


『・・・では、まだ自覚症状はないのだな?』
『もちろん。俺はまだまだ元気ですって。恋にバカンスにと、人生満喫してますからv』
『それなら良いのだが・・・とりあえず、早く忠告しておくに越したことはないと思ったのでな』
『しっかし姐さん、何で今更そんなことが分かったんです? 俺たちの研究成果の書類って、みんな処分されたはずでしょ?』
『先日浮竹隊長の御供で、真央霊術院へ赴いたのだ。そこでたまたまな』

 しんおうれいじゅついん? 何だそれ?

『とにかく、良いな? コン。代行とは言え死神である一護の、手を煩わせてはならぬぞ?』
『分かってますって。幸いあいつ、代行証は部屋に置きっぱなしにしてるし、いざって時は1人で抜け出せますから。ただ問題なのは・・・』
『そうだな。せめてその体の時に寿命が来れば、厄介なことにならずに済むのだが』
『そうなったら多分あいつ、2、3日は気づきませんよ。ニブチンだし。だから姐さん、その時は俺からお願いがあるんですけど』

 寿命・・・? 誰の寿命が来る、ってんだ?

 何やら物騒な話題を聞いているらしいのに、俺は大して驚いていない。
 だって、これは夢だから。

『もしあいつが、俺が・・・んだことに気づいたら、消してくださいね?』
『コン・・・』
『一護のヤツ、何だかんだで甘いから。俺がそんなことになったら、きっとイヤな思いさせちまうと思うんですよ。なーんかそう言うの、結構うざったいしー』

 ああ、やっぱりこれは夢なんだ。

 うざったいとか言ってるくせに、何だよコン。どうして妙にそんな優しい声になってる?
 どうしてそんなに・・・哀しそうな声になってる?

『せめて俺からの、最後の思いやりってヤツ?』

 コンが、あの生意気なぬいぐるみが、こんな殊勝なセリフを口にするわけ、ないじゃないか・・・。

**********

「・・・・・・あれ?」

 目が覚めたのに、周りは真っ暗だった。いつもだったら月や星の光で、うっすらと室内の様子が見えるはずなのに。

 が、すぐさま自分が押入れにいたことを思い出し、慌てて外へ出ようとした俺は、再びうっかりと体を中で打ち付けてしまった。

「イテッ!!」

 まだ頭じゃないだけマシとは言え、痛いものは痛い。患部を押さえつつ、這う這うの体(ほうほうのてい)で押入れから抜け出した、その時。

「・・・一護!?」

 聞き覚えのある声が窓際から聞こえる。視線を転じれば、いつの間にか開けられた窓の縁に、死覇装がはためいているのが見えた。

 ルキア、だ。俺に死神の力を与えてくれた恩人で、かけがえのない仲間。その彼女が、いつになく両目を見開いて、俺を見つめている。

「よ、よおルキア、久しぶりだな。またこっちで仕事か?」

 押入れで体を打ちつける、なんてベタなことをしでかした気恥ずかしさから、無難な挨拶を手始めにしたのだが、ふと眉をひそめる。

 ルキアの様子がおかしいのだ。わなわなと体を震わせ、何かを恐れているかのように見える。何があったってんだ?

「な、何で貴様が、そんなところから這い出てくるのだ!?」
「何でったって・・・押入れの中に制服のボタン、落っことしちまってよ。それを拾うために中に、入ってたんだけど」
「ずっとか? ずっとそこにいたのか? 貴様、気配を消すなどと言う芸当は、出来なかったはずではないか!」
「ええと・・・実はよく分からねえ、ってか。中で頭打ち付けて、あんまり痛かったからそのまま寝ちまってて・・・」

 それがどうかしたか、と聞きかけて、俺の中で何かが引っかかった。

 さっきのルキアの言動から察するに、こいつは俺がここにいようとは、思ってもみなかったんだろう。確かに俺は、所謂『霊圧垂れ流し体質』らしく、気配を隠すなんて真似は出来ないから、他の死神連中からは探査しやすい、って聞いてる。

 それはいい。だがルキアがどうして、俺が本当はここにいたってことで、これだけ動揺するってんだ?

 ───その時不意に、俺の頭の中に浮かび上がるのは、先ほどまで押入れの中で見ていた夢の断片。


『自覚症状はないのだな?』
『その体の時に寿命が来れば、厄介なことにならずに済む』
『俺からの、最後の思いやりってヤツ?』


 もし、万が一、あの時聞いた会話が、夢などではないとすれば───!?

 俺は思わず、自分の激情の赴くまま、ルキアに問いただしていた。

「ルキア! 寿命って何のことだよ!? コンのヤツ、体調でも悪くしてるってのか!?」
「一護・・・聞いていたのか? さっきのあやつとの話を、全部か?」
「分からねえよ! しんおうれいじゅついんって何のことだよ? 自覚症状って何だよ!? あれってみんな、夢じゃなかったのかよ!」
「・・・・・・・落ち着け、一護」

 青ざめちゃいたが、さすがに場数を踏んでいるだけ、ルキアの方が立ち直りは早い。「今日明日の話ではないから、とりあえず冷静になれ」と言い含めてから、俺に話してくれた。

「・・・別に改造魂魄に寿命があっても、おかしくなかろう。命あるものは必ず死に、形あるものは必ず壊れるのが、この世の習いなのだから。むしろ改造魂魄の方が、義魂丸よりも寿命は長い方なのだ」
「どういう意味だよ?」
「言い方は悪いが、義魂丸は消耗品だ。服用して役目を終えれば、そのまま体内で消化されておしまい。が、改造魂魄の方は戦闘用であるが故に、そして死体に入れると言う特質故、例え生きている人間が服用してもそう簡単には消化されぬ。・・・コンのようにな」

 そう言えば、ルキアが以前使っていたチャッピーは、ルキアが義骸に戻ったら跡形もなくなっていた。アレはそういう意味だったのか。

 俺が少しだけ落ち着きを取り戻したのが分かったのだろう。ルキアは一旦言葉を切り、部屋のベッドに腰掛けた。長丁場に備えるつもりなのかもしれない。
 俺も、ちょうどルキアが見下ろす格好になる位置の床に、腰を下ろした。

「私も最近までは知らなかったのだ。・・・だが先日、浮竹隊長の御供で真央霊術院へ出かけた時、空いた時間を図書館で過ごすことになって・・・」
「だから、その、しんおう・・・って何なんだよ?」
「真央霊術院、だ。言ってしまえば死神の学校だな。だから現役の死神が講演に招かれることも、ままある。とにかく、私は待ち時間に図書館で書物を眺めていたのだが、その時偶然見つけてしまったのだ」

 何を見つけたのか、は、さっき聞いたコンとの会話で何となく察せられはしたが、俺はそのままルキアに続きを促す。

「計画も存在そのものも破棄処分となってしまったはずの、改造魂魄を使用しての尖兵計画についての報告書を、だ」
「・・・・・・!」
「だが、書類が真央霊術院に残っていた、そのこと自体はありえない話ではない。要は、このような事情から尖兵計画は白紙となった、だから今後も決してそのような計画を起こしてはならぬ───そう、戒めるための道具として、だがな。現にその書類は、原本ではなく写しだったし」
「その中に・・・改造魂魄の寿命について、書かれていたんだな?」
「そうだ」

 ルキアによると、多量に並べられた書籍をボンヤリ眺めているうち、何となく目に付いてしまったのだと言う。多分、間近に改造魂魄の生き残りがいるためだろう。

「そこには、こう書かれていた。・・・死体に入れた改造魂魄たちがこぞって、ある日突然体内で砕けて消滅してしまう、と」
「なっ!?」
「だから、話を最後まで聞け、一護。・・・さすがに何の前兆もなく、いきなり改造魂魄が壊れてしまったのでは戦いに支障をきたす。だから当時の研究者は、何とかして前兆を見つけられないかと躍起になってな。ストレス、使用時間、死体の損傷状態、気温湿度、戦闘状態など、ありとあらゆる条件から検証をしたんだ」
「検証、って・・・」

 ゾッとする話だ。
 死体を戦わせるって自体、胸糞が悪くなるってのに、当時の研究者は改造魂魄の寿命を知りたいがために、非道な実験を繰り返したってことか。
 確かにこれでは、計画そのものが廃案になってもおかしくないぜ。

「結果分かったことは、意外にも単純なものだった。必ず改造魂魄たちには自覚症状があった、と言うものだ。だが、それを自分以外に悟られるのを拒んだ」
「・・・どうして?」
「悟られれば、ただちに体外に摘出されてしまう。研修者たちにとっては、折角の実験のサンプルを失うことになるからな。
だが、死体とは言え、折角手に入れた自分の体。『せめて死ぬ時は、尖兵とは言え人間の肉体のまま、人間として死にたい』───それが、死に掛けた改造魂魄たちの、全ての願いだったんだ。いや、本能と言っても差し支えないだろう」

 そこまで一気に言い切ると、ルキアはハアッ・・・とため息をつく。
 俺もそばで聞いていて、ものすごい疲労感を覚えた。
 それだけの、極めて人間臭い理由を知るために、一体何万個の改造魂魄が実証実験につき合わされたのだろう。そして・・・人知れず死んでいったのだろう。

 ───けれど、改造魂魄たちのその気持ちは、判るような気はする。
 俺はきっと、あまり褒められた死に方はしないだろう。死神代行なんてやっているから。別にそのこと自体を、後悔するつもりはない。
 けれどもし、自分のわがままが許されるのなら、死ぬ時には俺が愛した人たちに見守られて、自分の家で息を引き取りたい、と願う。
 改造魂魄たちにとっちゃ、手に入れた肉体こそが、せめてもの自分の望んだ死に場所なのだろう。

≪続≫






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