moonshine  エミ




2003年01月06日(月)  役に立つ、それが何?

 2003年の初出勤。
 予想通りの寒い朝。0度近かったはずだ。
 JR博多駅の信号故障でダイヤが乱れきって、慌てて迂回して私鉄とバスを乗り継ぐ。
 私はけっこう会社が近いので遅刻せずにすんだけれど、年始の朝礼に間に合わなかった人も何人もいた。
 ったく、JRさんよ〜。
 夕刊によると、25,000人も迷惑したらしいぞ!!
 
 仕事のほうでは、4時半くらいになって、予期せぬ、そして私たちでは防止しようがなかった問題が発見される。
 さすがに早く帰る人が多い中、初日から2時間の残業。
 急なトラブルなんて、仕事につきものだけれどさ。
 何も今日でなくたって。
「ちぇ〜〜〜」という感じだ。

 ま、小さな谷だろう。

 さて、ネットでお知り合いになって、もう2−3年は経つお友だちに、むぎさんという方がいらっしゃって。
 今日の彼女の日記に、大共感!
(ここでその文章にリンクを貼りたいのだけれど、
 ご本人の承諾も得ないうちに、そこまでするのは失礼かな?と思うので控えます。
 私のHPのリンクページに、むぎさんのサイト、載せてます。
 彼女の今日の日記はもちろん、静かで凛とした「むぎ写真」を是非ごらんあれ!)

 社会に出て即、生かせる勉強を大学においてすること、
 それこそが正しくて素晴らしい、という風潮って、あるよなあ、と思う。

 もちろん、実践的な勉強だってすばらしい。
 でもそればかりが、もてはやされているような気がする。

 その背景には、大学という最高学府であるはずのところで学んできた人間が、必ずしも実社会に出たときに活躍しない、
 もっと言えば、「役に立たない」ってシチュエーションがあるのだろうということも、よくわかるのだけれど。

 私は文学部出身なので、在学中も、社会に出てからも、
「大学で勉強することなんて、役に立たんよ」
 とか、
「文学部? 学校の先生になろうと思わんかったん?」
 とか、さんざん言われてきた。
 
 ええ、大学の講義や演習が、直接、この仕事に役立った!なんてこと、ないよ。
 わかってる。
 そう、大学で習わないことで、
 人間として身につけるべきこと、経験したほうがいいこと、たくさんあるよ。
 あたりまえに、身にしみて知ってるよ。そんなこと。
 
 でも、「社会で役に立つ」学問のほうが、そんなにエライの?
 だいたい、そんな学問、あるのかなって気もするけど。

 こういうことについては、おなじみ森博嗣が書いたシリーズの主要登場人物の一人、犀川先生(大学の助教授という設定。)が、面白いことをいくつも言っているので以下に引用しちゃおう。

『僕ら研究者は、何も生産していない、
 無責任さだけが取り柄だからね。
 でも、百年、二百年さきのことを考えられるのは、僕らだけなんだよ』

(「コンピュータばかりが増えてしまって、
  人間は何をしたらいいんですか?」という問いに対して)
『何かをしなくちゃいけないなんて、それこそ幻想だ。
 (中略)仕事をすることが人間の本質ではない。
 ぶらぶらしてるほうが、ずっと創造的だ。
 それが文化だと思うよ、僕は』

(学生に、数学は何の役に立つのか、と聞かれたら?という問いに)
『なぜ、役に立たなくちゃいけないのかって、きき返す。
 だいたい、役に立たないものの方が楽しいじゃないか。
 音楽だって、芸術だって、何の役にも立たない。
 最も役に立たないということが、
 数学が一番人間的で純粋な学問である証拠です。
 人間だけが役に立たないことを考えるんですからね』

『研究ってね。
 何かに興味があるからできるというものじゃないんだよ。
 研究そのものが面白いんだ。
 目的を見失うのが研究の真髄なんだ。
 君が今、殺人事件(の解決、つまり犯人さがし)に夢中なのと同じ。
 君だって、殺人が好きなわけじゃないだろう?』

 音楽だって芸術だって、気持ちを豊かにするという意味では「役に立つ」けど、
 ここでの「役に立つ」は、きっとそういう意味じゃないし。
 前後の文脈がないので、ちょっとニュアンスが正しく伝わらないかもしれないけど、
 引用した言葉、その意志を感じるだけで、私は楽しくて嬉しい。
 
「役に立つ」っていうのは、結果であって。
 それは人間の人生の目的の一つかもしれないけど、全てじゃないと思うんだ。
 
 生まれてきて、学校に行って勉強したり友達できたりして。
 仕事だってして。
(私だって学生時代もさんざん労働したし、
 今は実務家のヒヨコなんだし、仕事、実務の難しさや素晴らしさはよくわかってます。)
 スポーツをしたり歌を歌ったり旅をしたり。恋に落ちたり。子供を育てたり。
 そういう、もろもろ、いーっぱいの経験があって、一人の人間ができていくわけでさ。
 そして、友だちや子供や顧客に直接、あるいは間接的に、仕事を通して社会や産業に対して影響を与えたり、与えられたりして、みんな生きてるのが当たり前でしょ。

 これこれに役立つから、この勉強をしなさい。
 なんて、大学で、そんな直接的な勉強をするほうがエライの?
 効率がいいから?
 効率がいいって、人生においてそんなに大事なこと? 

 何を勉強したって、しなくたって、それで役に立つとか立たないとかって、
 全然、問題にするようなことじゃないと思うんだけど。
 
 いきなり書き始めたから、まとまらないな。長いし。もう深夜1時だ。
 とにかく、
「そんな勉強して何になるの?」とか、
「大学で勉強したことなんて」とか、
 そういうつまんないこと言う大人にはなりたくないな。
 自分よりずっと年上の人が、そういう瑣末なことを言うのを聞くと、がっかりするし嫌気がさす。
 学校の勉強がすべてじゃないなんて、小学生だって知ってるよ。 

 学校だろうが社会だろうが、
 どこで勉強した事だって、感じたこと・考えたことだって、人生でたくさん学ぶことの一つ。
 何だって、生かせる人は生かせる。
 どのように生かすか、いつ生かすかだって、その人しだい。
 たいして興味もないことを、
「就職に有利だから」「会社に入って役に立つから」勉強しなさい、なんてさ。、
 そんなことばかりに大人が価値をおいちゃいけない。
 すぐに役に立つことばっかり学ぶ必要はないよ。
 人生は長いし、君の人生は君のものなんだから。
 大人だったら、そういうふうにデーンと構えてほしいよね。

 ちなみに私は、小学校中学校の勉強は、できるだけしっかりやったほうがいいと思ってるんだけどさ。基礎だから。道具と同じ。
 もちろん、それを考えること学ぶことの面白さがわかるように、興味深いように教えるのが大事で、難しいんだろうけど。





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