つたないことば past|will
俺はまだ未熟者で、アカデミーに通ってるくらいだったから、その時の 異変になんてまったく気づかなかった。 ただ、ああ、いつもと空が違う。 と、だけ思った。 アカデミーの食堂の天井には大きな天窓があって、晴れの日の午後に なると、眠気を誘う暖かい光が降り注いでいた。 俺のお気に入りの場所。 勉強は嫌いだったけど、この場所で過ごす時間は大好きだった。 俺はそこに放課後もよく来た。 人の出入りが少ないから静かだし、何よりこの大好きな空間を独り占め してるようで、嬉しくてたまらなかった。 あの日も、俺はそこに居たんだ。 ああ、いつもと空が違う。 そう思いながら。 「イルカ!まだそこにいたのか!?」 「うわっ先生!ごめんなさい、すぐ帰りますっ」 怒られると思って窓から逃げようとしたら、いきなり首根っこを掴れた。 いつもの先生じゃなかった。 「そうじゃないんだ!・・・この里に、化物が近づいてるんだ!!」 ―バケモノ? 「先生、何言って・・・」 「いいからこっちへ来い!」 俺を抱えて走る先生の足は速かった。 すごく速くて、 俺はすごく不安になった。 空が違う。 青いけど、真っ青できれいだけど、いつもと違う。 これは何? 心が騒ぐ。 全身総毛立つ。 はるか上の空は赤黒く、淀んでいた。 「四代目、暗部全部隊の配置が完了しました」 「わかった、有難う。指示があるまで待機してくれ」 「はっ」 大人たちのする会話は、もはや呪文だった。 何を言ってるんだ? 出てくる言葉、すべて理解できない。 九尾? 里の危機? 平和に暮らしてた俺にとってありえない言葉だ。 呆然とする俺の頭を母が優しくなでる。 「イルカ、大丈夫よ。私達があなたを守るから」 母の手も声も穏やかで、俺は少し安心した。 母も父も忍者で、しかも上忍だったから、たくさん人を殺めていたはず なのに、それでも暖かくて、やさしくて、のちに二親の実績を知ったとき 俺は自分の不甲斐なさに散々泣いた。 これからこの二人はどうなるのだろう。 里中に配置されてるアンブって人たちは? その他の、たくさんの忍たちは。 「カカシ、もしもの時はあの子を頼む」 騒然とする中、透き通るような声が聞こえて消える。 銀髪でお面をつけた、多分自分とそう変わらない少年がこくりと頷く。 頷いた瞬間、もう姿はなかった。 その様子を見ていた俺は、金髪の、四代目火影と目が合った。 その目は 「大丈夫だよ」 そう笑った。 やがて里の様子は一変する。 「イルカせんせーーー!!」 金色の髪の少年が走ってくる。 飛び込むように抱きつく小さな体を俺は受け止める。 あれから12年。 あの事件で父も、母も、たくさんの忍が死んだ。 九尾の狐を封印したという四代目火影も。 俺も傷が残った。 体にも――心にも。 この子は自分の中に九尾の狐が、化け物が眠ってる事を知らない。 だから、里の大人たちが何故自分を冷たい目で見るのか解らない。 いっそこの子を殺してしまえば、 俺もこの子も楽になれるかもしれない。 この子が死ねば、九尾の狐も死ぬのだから。 でももうこの子は知っている。 孤独がどれほど辛いものか知っている。 それは死ぬ事よりも辛い事を。 いつか、この子が真実を知り、そしてこの子がその事によりこの世から 葬り去られようとした時、俺はこの子を救えるだろうか? 「この子は九尾の狐じゃない」と言ってやれるだろうか? たとえ、俺の力が及ばなくて、この子を助けられなかったとしても、俺は この子を助けてあげたい。 俺と同じだから。 たとえそれが偽善でも。 顔に残った傷をなでる。 これは戒めだ。 弱い自分への戒め。 それはきっと生涯消えることはないのだろう。 END 02年7月11日より再録
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