つたないことば
pastwill


2003年04月08日(火)  白煙



It will return there some day.







白煙








それは里の外れからのろのろと立ち上っていた。
あそこは確か火葬場だったはず。
誰か火葬されてるんだろう。
だったらそれは忍の者ではなく一般人のはずだ。
忍者は火葬場でご丁寧に火葬されたりなんかしないのだから。
今日は無風だ。
薄汚れた長い煙突から這い出す白煙は真っ直ぐ空へと伸びている。
人の心はああやって空にかえってゆく。
人の体は灰となって土にかえってゆく。
自然に浸透する人の心も体も、それはその人が生きていた証だ。
やがて消えてしまう果敢無い証。
僕もそれを持っているはずだ。
里長に従い、体の自由を捨てても、心は捨てられない。
だけど僕はそこに逃げていた。
わかってるんだ。
人を殺すとき、
任務失敗のとき、
僕は、
忍であることに、
人であることに、
言い訳しながら、目を逸らしながら、耳を塞ぎながら、自分の弱い心を守ってた。
とんだ自己防衛能力だ。
僕は里のためだとか、仲間のためだとか、正義ぶった口実を盾に自分の身を
守ってるに過ぎない。
滑稽過ぎて笑える。
はは。
火葬場の煙突から上がる白煙が妙にイラつく。
嫌だ、
見たくない、
なんで真っ直ぐ立ち上ってんだよ、
風吹いてくれよ、
頼むから、
早く、
何で目、逸らせないんだよ、
空へなんて、かえりたくない、
土になんて、かえりたくない、
僕は僕なのに、
僕以外にはなれないのに、
それでもいつか自然に融けてしまうのだろう。



僕はとても優秀な忍者ですよ。
里長の命令にも忠実に従いますし、
写輪眼の使い手としても、他にこれほどの者はいないでしょう?
だから、ほらいなくなったら困るでしょ?
ねえ、
だから、
ミステナイデヨ、




白煙は徐々に細くなってゆく。
心はもう空へ吸収されたに違いない。
あの火葬された人は、これから手厚く葬られて、墓石とか立ててもらって、土の中で
いい夢見ながら融けてゆくのかな。
いいねえ。
僕ら忍なんか、戦地で死んだら死体ほったらかしよ?
無様な死に様晒して、誰にも弔ってもらうこともなく、泣いてもらうこともなく、どろどろ
土に返ってゆくのよ?
心も空にかえれないまま。
そんで里じゃああいつは英雄だーとか言って慰霊碑に名前だけ彫ってくれたりしてね。
はは、有り得る。
僕らの存在価値なんてそんなもんだよね。
僕らの?
僕は?
僕の存在価値は?
僕はなんで生きてるの?
僕自身の価値なんて雀の涙じゃないか。
必要なのは、
エリートの、
上忍の、
写輪眼の、
コピー忍者の、
べたべた肩書のついたはたけカカシじゃないか。
僕は、
僕は、
ボクハ、



俺は木の葉でも優秀なうちは一族の末裔です。
忍術も体術も誰にも負けません。
写輪眼も使えます。
でも俺には野望があります。
兄貴を殺すことです。
一族の復興も、もういいんです。
だから、
お願いします、
オイカケサセテ、




どれくらいぼんやりしてたんだろう、気がつけば太陽が真上にあった。
今日は任務の日なのになあ。
また大遅刻だ、あはは。
あいつら怒るだろうなあ、ナルトサクラなんか特に。
サスケは、フン、とかいうだけに決まってる。
任務の集合の時も、それ以外の待ち合わせの時も、
どんなに遅刻してきてもそれ以外の反応を見せたことがなかった。
ただ、そりゃあ任務の時はしょうがないけど、それ以外の待ち合わせの時、あいつは
何時間待たされようと帰ろうとしなかった。
一度、どれだけ待ってくれるのか試したことがある。
悪気より好奇心のほうが勝った。
そしたらあいつ、次の日の朝まで待ってたんだ。バカじゃないの。
そんな事されたら、いくらなんでもばつが悪い。
僕は急に任務入っちゃって、なんてその場しのぎの言い訳で乗り切ったんだった。
サスケはそれを間に受けたのか、それとも判ってて納得したのか、遅ェよバカって、
それだけしか言わなかった。
サスケのそういう優しさの中にも僕は逃げていた。
忍者としてのはたけカカシ以外の、ただのはたけカカシを見出そうとした。
服従すること以外の生きる意味を見出そうとした。
結局、これまでの間それらを見つけ出すことはできなかった。
それどころかあいつを見ていると自分と同じように見えてきて、尚更自分の存在意義を
追求するようになった。
君と出会ったのは間違いだったのかもしれないね。
僕たちはお互いの中に生きる意味を求め、依存し合い、足を引っ張り合い、挙句の果てに
自分自身をなくそうとしている。
なんで僕たちは出会ったんだろう。
こんな事ならいっそのこと、
出会わなければよかった。



何のための僕なんですか。
どうせいつか、普通の人と同じように消えてゆくのに。
ねえ、何のための、
僕は、
僕はどうして生まれてきたの?
ドウシテ、




今日の任務は簡単だったから、3時間半遅刻しても余裕で夕方近くには完了した。
例によってナルトがサスケにカバーされたのが気に入らなかったらしく、ギャアギャア
騒いで、そっちの始末のほうが大変だった。
解散してから僕は、久しぶりに慰霊碑のところへ行った。
相変わらず人気がない。
英雄の墓なのにね。
僕は慰霊碑の傍らに腰を下ろして、煙草を吸い始めた。
ふう、と吐き出した白い煙が一瞬空へ上りかけてすぐに消えた。
あの火葬場の煙を思い出す。
火葬されて、煙になって空へかえれるのなら、煙草吸ってからだの中から煙吐いて、
これは心燃やして出る煙で、ああこのまま吸ってれば空にかえれるかも、だから
体に悪いのか、なんて馬鹿なことを考えてみる。
ホント馬鹿みたいだ。
煙草を口から離した瞬間、チッという音ともに煙草の火がついた部分が落ちた。
飛んできたのはクナイだった。
「ナイスコントロール〜」
僕はわざと茶化すように言った。
クナイを投げた張本人は案の定不機嫌そうにうるせえ、と言い捨てた。
「ったく、なんてことすんの〜?本数残り少ないのに」
僕は先っぽを切られて短くなった煙草を投げ捨てて、足元でくすぶってる火をぐりぐりと
踏み消す。
白い煙が名残惜しそうに、一筋だけ上ってゆくのを見たような気がした。
「その煙、嫌いだ」
突如サスケが切り出す。
「そりゃあお子様には慣れないモンだからね」
僕はわざと逆なでする。
「とにかく嫌いだ」
サスケはその理由を話そうとはしなかった。
「お前が嫌いでも俺には関係ないよ」
もう一本煙草を取り出す。
「やめろ」
「やだって」
「いいから」
「何なのよ」
「吸うな」
サスケは何かに怯えていた。
それは多分、僕が頭の中で思い描いた馬鹿なこと。
ああまただ。
本当に君はどうしてそう、僕と同調するの。
嫌だ、
やめてよ、
僕の中に依存するな、
嫌だ、
空へ、


「カカシ」


どうか僕をここにとどめてくれるな。
忍として生きることを選んだときから、人として死ぬことは放棄したんだ。
だけど人として生きた証は放棄してなかった。
僕もそれを持っていたよ。
君が教えたんだ、サスケ。
空へなんて、かえりたくない、
土になんて、かえりたくない、
僕は僕なのに、
僕以外にはなれないのに、


それでも空へかえることを願わずにはいられない。






END







02年3月20日より再録



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