つたないことば past|will
Heaven where you do not exist. Heaven 空は鉛色で薄く張り巡らされた雲からは鈍い光が漏れている。 消毒液の匂いがする君の部屋にも、薄っぺらなカーテンを通して鈍い光が溢れていた。 明瞭なようで曖昧な、白いようなセピア色のような、不思議な光だった。 もしかしたら天国って綺麗な川があってお花畑があってなんてとこじゃなくて、こんな 光に覆われた苦しいも悲しいも憎いもない、何にもない世界なんじゃないかと思った。 そんな印象を持った薄暗い部屋に浮かび上がるものは生活する上で必要最低限のもの しかなくて、それだけで君の性格をよく表してる。 多分この部屋で一番目立つのは窓際のベッド。 真っ白なシーツ、掛け布団、枕。 それのそこかしらに点々と赤い斑点ができていた。 これは君の血だ。 うちはサスケの血だ。 このベッドで僕は君を殴って犯した。 衝動的な暴行、無意味な性交。 こんなことしても得られるのは満足感でもなんでもない。 虚しさと苛立ちと幽かな後悔だ。 僕は君を放っときっぱなしにして台所で中途半端に閉められた蛇口から垂れる水滴を眺め ながらぼんやりと椅子に座っていた。 目の前のテーブルには少しだけ水の入ったガラスのコップと正体不明の錠剤。 これは僕のじゃなくて君の。恐らく痛み止め。多分傷の。 その君はまだベッドの上でぐったりしている。 君を殴りつけてベッドに押し倒したとき、僕は君にキスもしなかったね。 だっておかしいでしょ。 キスするってことは少なからず好意があるってことだろうしさ。 僕は君が大嫌いなんだよ。 スカしてて生意気で子供らしくなくて、何でも判ってる風で、君のこと見てると なんだかどうしようもなくイライラする。 だから君のこと強姦したんだっけ? なんかもうそうした動機も思い出せない。 覚えてるのは、僕が君をなぶってる間、少しも抵抗しなかったことだけだった。 寝室に戻る。 相変わらず君は生きてんだか死んでんだかわからないくらいぐったり寝てた。 口の端から血の流れた痕があった。 これは僕が殴ったときに出来たやつだ。 それはすでにばりばりに乾いててきっと洗って落とすの大変だろうなあと、変な 満足感に満たされた。 ああ思い出した。 君と波の国でのこと話してたんだっけ。 君が死んだの俺のせいだねっていったら、死んでないし、あれは仕方なかったって 言ってくれたんだっけ。 そしたら急にむかむかして来たんだよね、確か。 だってそれって、僕に君を守るほどの力もないって言ってるようなもんじゃない。 まあ、実際守れなかったんだからそう言われてもしょうがないけど、なんかムカつく。 それに守りたいと思ったのは本当なんだ。 なのに君が最初から諦めてたみたいに言うから、僕は頭にきて、それで君を強姦 したんだった。 好きだから? 愛してるから? そんな気持ちは寸分も込められていないことは一目瞭然の行為だった。 ただひたすら確認していた。 うちはサスケの生存を。 どうしてそういうことになったのかな。 確認する気なら他にいくらでもやりようがあったはずじゃないか。 馬鹿じゃないの僕。 こんなガキ犯して気持ちいいわけないのに。 ああ馬鹿だなあ。 君も馬鹿だ。 何で大人しくしてたの。 抵抗すれば止めたかもしれないんだよ? それとも最初から無理だと思ったのかな。僕から逃げるの。 だとしたら君は大馬鹿だ。 初めから悟りきっちゃって諦めてさ。 本当に馬鹿だ。馬鹿馬鹿。 君の兄貴も馬鹿だね。よりによって君を残すなんて。 僕に写輪眼をくれたあいつも馬鹿。なんで僕になんかくれたのよ。 うちは一族ってみんな馬鹿なのか? ああ馬鹿ばっかりだ。 そんなことうだうだ考えてたら、ふと聞こえてきた君の安らかな寝息が急に腹立たしく なって、2・3発頬をぶってみた。 う、と小さく呻いて君が目を覚ます。 ぼんやりとベッドの横に突っ立ってる僕を見て僅かに怯えた目をした。 もう何もしないよ、と僕は一応フォローする。 君は起き上がってベッドから降りようとして素っ裸な事に気づいて慌ててベッドへ 戻った。途端、見る見る顔が赤くなって布団に顔をうずめた。 その動作はやっぱり子供で、なあんだこいつもやっぱ子供なんだなあって思って 君を無理やり犯したときの苛立ちが嘘みたいに萎えていった。 急に君の顔が見たくなった。 サスケ、顔見せてって布団に手をかける。 でも君はなかなか布団から顔を上げようとしなくて、面倒になったから力ずくで布団を 引っぺがした。引っぺがした勢いで布団がベッドから滑り落ちて、図らずとも君の裸が さらけ出された。傷だらけだった。 君は恥ずかしくて両手で顔を覆い隠した。 僕は君の顔が見たいんだよ、それじゃ意味ないでしょって思って、両手首掴んで引き 剥がす。君の手首が思ったより細くて僕の片手に収まったもんだから少し驚いた。 そういえば君の腕も腰も足も細くてやっぱり子供のそれだった。 君の顔が鼻先が触れ合うくらいの位置にある。 僕は何か言おうとした君の唇を唇でふさいだ。 君が口の中で何か云ってる。 訊きたくないから舌を入れる。 君の肩がびくりと揺れて、閉じた瞼は余計硬く閉ざされた。 唇を離す。舌を瞼に這わせる。 頬、首、胸、腹、足。 君の体の傷を一つ一つ確認するみたいに這わせる。 治りきってない傷ばかりだから、血の味がした。消毒液の匂いもした。 君の部屋が消毒液くさいのは君がよく怪我するせいなんだと妙に納得した。 僕が舌を這わせてる間、君は小刻みに震えてその気が狂いそうな感覚に耐えていた。 最後にもう一度キスして君から唇を離した。 「な、んで」 震える声でいっぱいいっぱいになりながら声を押し出す。今度はふさごうとはしなかった。 「あんなこと、したんだよ」 「オレ、オレは」 「ア、アンタのこと」 スキナノニ またキスする。 訊きたくないよ、そんなの。 僕は君なんか好きになりたくないんだ。 固執するもの作ったら、捨てるものも捨てられなくなるじゃないか。 君を守りたいのは本当なんだよ。 そのためなら多分死んでもいいって思う。 その時まで死にたくないんだ。 君を好きになってそれが原因で君を守ることもできずに死ぬのはきっと堪えられない。 なんて、とんでもなくマイナス思考。 それでも死んでも君を守るために生きていたいんだよ。 矛盾なんてクソ食らえだ。 だからその言葉を訊きたくないんだ。 訊いたら決意とかポリシーとかそんなもん全部吹っ飛んで、君を好きになってしまう。 そんなのは嫌だ。 君は相変わらず口の中でもごもご云ってる。 さすがに苛立って唇離した瞬間、頬を殴った。 さっきの口の端の傷がまた開いて血が飛び散った。 それが白いシーツに叩きつけられて赤い染みをつくる様があまりにも綺麗で儚くて 僕は見蕩れた。 タンスの前でシャワーを浴びてきた君がもそもそと着替えている。 僕は見るとはなしにその光景を眼の端に映していた。 細い首、腰、足。 服から覗く君の体はなんべん見てもやっぱり子供のものだ。 僕が君を守りたいのは何でなんだろう。 大人が子供を守るのは当たり前のことだから? 教師と生徒だから? どっちも違ってる気がする。 それってやっぱり。 ・・・・・考えるの、やめた。 カーテンから溢れていた光はいつのまにか消えて、強烈なほどのオレンジの光を 通していた。 その先には君がいる。 なんだか燃えてるみたいだ。 眼が痛い。左目が疼く。 この光は僕には強すぎる。 あの曖昧な光が恋しくなる。 「ねえサスケさあ」 「なんだよ」 「天国ってどんなとこだと思う?」 「はあ?」 何馬鹿なこと言ってんだコイツって顔してる。 ホント何言ってんだろ。でも聞いてみたくなったんだ。 「おまえは見たことあるんじゃないかなーと思ってさ。ホラ波の国で」 あ、目ェそらされた。 やっぱり波の国の話題は避けたいらしい。 そりゃああんなことされた後じゃしょうがないかもしれないけど。 こっち見ろとか言ってやろうかと思ってたら、ぼそぼそ君が話し出した。 「何も見てねーよ。いや、何も見えなかった。…何も聞こえなかった」 「色に表すと?」 君はへ?って顔した。それでちょっと考える。 「白、だったかな…いや、もっとこう…」 「セピア色っぽい感じ」 「ああそれだ」 あはははと僕は笑った。君は何がおかしいって食って掛かる。 「サスケそれ、絶対天国だって。うん、絶対そうだよ」 「なんでわかんだよ」 「何でも何もそうなんだって」 笑う僕を複雑な顔で見ている君が小気味よくて余計おかしくなってきた。 ねえ、僕と君はおかしなところでシンクロしてるね。 僕たち死んだらきっとそういうとこにいくのかな。 あの時、波の国で二人、死んでたら同じとこいけたのかな。 あ、でも僕は天国にはいけないかも。人、殺しすぎだもん。地獄行き決定だね。 じゃあ地獄ってどんなとこだろう。 血の池地獄とか針の山とか本当にあったりして。そんなわけないか。 多分こっちも何もない世界。苦しい悲しい感じない、見えない聞こえない世界。 違うのは色。対照的な漆黒。 だとしたらそれほど怖いものないなあ。人は闇をおそれるって言うし。 実際怖い。任務のときもいまだに僕は闇を恐れる。 ねえ、今からがんばったら天国にいけるのかな。 死んでも君と一緒にいられるのかな。大嫌いな君と一緒に。 君のいる天国。 君のいない地獄。 僕にとってどっちが地獄なんだろう? でももし君と同じとこにいけたとしても、何も見えないし感じないんじゃ話にならない。 死んでしまったらそれまでだ。 君を殴ることも、犯すことも、抱きしめることも。 君と修行することも、手をつなぐことも。 君にキスすることも。 何もできなくなっちゃうんだなあ。 どっちも地獄だ。 天国も地獄も、どっちの存在も生者が死への恐怖を紛らわすための言い訳だ。 死んだら「お終い」だ。本当に。 なんて恐ろしいことなんだろう。 ベッドに座ってむっつり考え込んでる僕の隣に君は腰を下ろす。 もうさっきみたいになんでこんなことしたんだとか聞かないんだね。 そんなこと聞かれても、むかついたからってくらいしか言えないけど。 君はいつもスカしてて生意気で子供らしくなくて、何でも判ってる風でむかつくけど 本当は誰よりも子供っぽくて素直で泣き虫で、やさしい弱い子なのかもしれない。 イタチはなんでそんな子をわざわざ生かしたんだろう。 好きだったのかなあ。もしかして殺す価値もないって? ああ、もしかしたら。 自分を止めてほしかったのかもしれない。 君を犯してたときの僕みたいに。 だったらイタチ、今のサスケの状態はあんたの狙いどおりだ。良かったね。 でも行かせない。 この里を抜けさせたりしない。 大嫌いだけど渡さない。 もう守るって決めたんだ。 「ねえサスケ」 「ん」 「どこにも行かないでね」 「なんだよ急に」 「今度こそちゃんと守るから」 「カカシ」 「行くな」 君を繋ぎ止めたい。 君を抱きしめたい。 君を感じたい。 君を守りたい。 それが僕の勝手なエゴでも。 君のいる世界こそ天国。 END 02年2月18日より再録
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