つたないことば past|will
「・・・ハ――」 溜め込んでいた空気を一気に吐きだして天を仰ぐ。 空にはそこだけ穴が開いたように、ぽっかりと白い月が浮いていた。 「ホワイトクリスマスになんなかったねえ」 ハハ、と笑みがこぼれた。 今日は聖夜。 雪が降ることを望んだ人達にとっては、この見事なまでに晴れた 夜空はさぞかし皮肉なものだろう。 しかし任務を与えられていたカカシにとっては好都合である。 (雪なんて降ったら寒くてやだからねー) それでも吐く息は白く、空気は鋭く冴えている。 天気が悪ければ間違いなく雪だとわかる。 「うー寒」 ハア、と手に息を吐きかける。 白い息はすぐに闇に消え、血まみれの自分の手だけが残った。 「・・・ハハ、聖夜ねえ」 じゃあ、この目の前の光景は何? どうして人間が転がってるの? 何故僕は血だらけなの? 「ハア・・・」 カカシは暗闇に溶ける吐息をぼんやりと眺めた。 「っくしッ!・・・・・・・はー」 ぶるっと身震いをする。 長い時間冷気にさらされた体はすっかり冷えきっていた。 (何か食って、あったかくして早く寝よう) そういえば、初めて人を殺した時はすぐ何か食ったりなんて出来 なかったっけ。 夜も眠れなくて。 でも任務をこなす度に、人を殺す度にそれはなくなった。 例え里の指令であっても、自分の手を血で汚したことを後悔した ことはない。 それでも事あるごとに自分の中で何かを失ってくようで、それは 少しやりきれなかった。 カンカンと金属音をたてながらアパートの錆びついた階段を上る。 さびてざらついた手すりを握って、今日も無事帰って来たことを 今更ながら実感した。 (ん?) 人の気配が三つ、いや四つ? (刺客・・・じゃないか) 殺気はない。 「あっ、帰って来た!!」 「遅ェ」 「カカシ先生お帰りー!!」 「カカシ先生、ご無事でしたか!」 わっと歓声があがる。 見慣れた面々が一斉にカカシに駆け寄ってきた。 「君ら、こんな夜遅くに人ン家の前で、何してんの?」 「何言ってんだってばよ、今日クリスマス・イヴじゃん!」 「そうだけど・・・」 「だから皆で過ごそうと思って、ここで待ってたのよ。でも」 「予定の時刻になっても戻らないから、何かあったのかと 心配してたんですよ」 サクラとイルカが経緯を話し終えると、そうなんだってばよ、と ナルトが付け足した。 「・・・・・・・っていうか、君達さ」 僕が死んで帰って来ないのかも、とか思わなかったの? もし僕がここに帰ってこなかったら、どうするつもりだったの? 「俺がここに明日になっても帰ってこなかったら、どうするつもり だったんだ?」 無意識に口を突いて出た問いに、再びナルトが真っ先に答えた。 「もっちろん待つってばよ!」 「テメーのおかげで待たされんのは慣れてんだよ」 「そうよねー、サスケくん」 ナルトに次いでサスケとサクラも答えた。 それを見てイルカはにっこりと笑う。 「カカシ先生、あなたが生きて帰ることを信じなかった事は一度 もありませんよ。俺も、この子達もね」 「――――・・・」 僕は命懸けの任務に就く時は、いつも何もかも捨てるつもりで 家を出るというのに。 それでも信じて帰りを待っていると? (敵わないなア) 自分にはない強さを持っているナルト達が、カカシにはとても かけがえなく思えた。 (そうだね) 君達が信じて待っていてくれるなら、僕はここに帰ってこよう。 ここに帰るつもりで家を出よう。 たとえどんなに手を血で染めても、必ず生きて帰ろう。 だってせっかくこんなあったかい居場所があるんだから。 空は変わらず白い月が浮いている。 カカシは冬の長夜に感謝した。 「幸せだなあ」 END 01年12月15日より再録
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