衛澤のどーでもよさげ。
2006年11月07日(火) 再断食(二日め)。

断食には危険が伴うが、しかし得るものも多い。断食が終わる頃には「飯が喰える健康な身体がある」ということ、「喰う飯が直ぐに手に入る」ということ、「喰うことによって身体や気力が養われることを実感できる」ということ、などなどの非常に有難いことの数々が、しみじみよく判る。頭で理屈を理解するだけでなく、身体で実感することができる。

返して言えば、断食中は「喰わないことで気力体力が削がれていく」ことが体感できる、もとい、せざるを得ない。今日などは目覚めたときはいろいろと一日の予定を考えていたが、いざ行動をはじめようとすると、思ったように頭も身体も動かない。「喰う」ということ、「栄養を摂取する」ということが生きるために如何に大事かということが思い知れる。
こういう体験をしておくと、喰うものがあるということ、喰う時間があるということ、喰える身体があるということを、食事の度によろこぶことができる。

食事のはじまりには「いただきます」の挨拶をし、そのときには両手掌を合わせる合掌印を結ぶ習慣が、我が国にはある。合掌印は自分の前にあるものを拝むというほかに、有難いこと、感謝の意を表す印でもある。また、食事の終わりにも「御馳走さま」の挨拶とともにこの印を結ぶ。
ただ「こうしなさい」と教えられて何気なくやっているのでは意味も判らず、ときには「こんなことしなくても」などと思ってしまうかもしれないが、何度かどうにも喰えない時期や、今回のように敢えて喰わない時期を過ごした経験があるぼくは、御陰さまで食事の度に心からの感謝を以て合掌印を結ぶことができるようになった。

よろこびと感謝が毎日ある。それもまたとても有難くうれしいことだ。

というようなことを改めてここに記すほど、現在のぼくは断食明けの食事を夢見ています。断食はもう一日続きます。
「断食」とは言ってもまったく何も食べていないのではなく、一日三回、いつもの食事の時間には野菜ジュースかコンソメスープをコップに一杯(二〇〇〜二五〇ミリリットル程度)、飲んでいます。胃が食事の時間や消化の仕方を忘れてしまうと困るからね。


【今日のよいニュース】
みっちゃまのオールナイトニッポン、愉しみだ。


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