とうとう九月になってしまった。すっかり秋だ。ぼくが松本市にいる間にぼくが住む街も随分涼しくなっていた。
今日は定期通院日に当たっていて、かかりつけの心療科医に常用薬を出して貰って、別の病院ではホルモン注射をして貰わなければならない。目蓋の術創が他人さまに見えないように昨日と同じく帽子を深く被って出掛けた。
待合室でも診察室でも帽子を取らないでいた。幼稚園や小学校で「屋内では帽子を取りましょう」ときちんと教わったから、とても気が引けた。注射をしてくれる看護師女史には「今日は顔に傷が入っていて目の毒ですから、帽子を被ったままで失礼します」と断った。やっぱり他人さまに何かして頂くときに頭に何か乗っけているのは失礼だよなあ。
心療科医には眼の手術に行ってきますと予め言っておいたので、帽子を取った。予め言っておいてもやっぱり吃驚していた。
病院を出るとそろそろ午だったので一旦食事のために帰宅した。しかし、もう一度出掛ける予定がある。随分以前に更新申請した精神障害者手帳を受け取りに保健所に行かなくてはいけない。
保健所と、その直ぐ近くにある友人宅に立ち寄り、その両方に行く前にサングラスを購入することにした。サングラスと言っても、ぼくは眼鏡をかけていないと風景がすり硝子で囲まれたようにしか見えないので、眼鏡にクリップで挟むかたちのものを、一〇〇円ショップで買った。早速それを眼鏡に取り付けたのだが……。

確かにパッケージに「大きめレンズ」って書いてあった。しかし、これほどツラの大きさとの間に不均衡があるとは思わなかったよ。ここでも世界の均衡が(以下略)。これと前鍔の帽子を着けていると却って怪しい人じゃないか。しかも、このクリップ式サングラスはクリップの分だけ重い。眼鏡に着けるとどんどんずり落ちてくる。
友人はともかくこれで顔出してしまって保健所の人御免なさいだ。保健所の人には親切にして貰ったのにな。
ぼくが住む街では障害者手帳を持つ人にバスカード、タクシー利用券、公衆浴場回数券を発行してくれる。バスカードは月に二日だけ市内を走る路線バスに無料で乗ることができる。同じように、タクシー利用券は月に二回だけタクシー料金が五〇〇円引きになり、公衆浴場回数券は月に二回だけ入浴料が無料になる。但し、何れも指定されたバス・タクシー会社、公衆浴場のみ有効。これ等を精神障害者手帳と一緒に貰ったのだが……。
バスカードはこんなもの。何だか不思議でしょう。
気付きましたか? このバスカードには、すんごく大きな字で性別が書いてある。バスに乗るのに何故性別が必要なんだろう。一方、公衆浴場回数券には性別記載はない。むしろそっちにこそ記載が必要な気がするのだけど。タクシー利用券にも性別記載はない。
これをくれるときに保健所の職員さんが先ず精神障害者手帳の記載事項を確認して、そのときに「性別も間違いないですか」と念を押してくれた。実は更新手続きのときに、写真のない精神障害者手帳に戸籍上の性別を記載されると、提示したときに「これはお前の手帳じゃないだろう」と疑われることがあるので「男」と記載してほしいと申し出ておいたのだが、後日「市はOKと言ったが県が駄目と言ったのですみませんが……」という連絡があって、仕方がないなと思っていたのだ。
そんなこともあったので「申請のときに御願いしたけど駄目だったんですよ。ややっこしくてすみません」と言ったら職員さんもとても申し訳なさそうに「いえ、こちらこそ」と言ってくれた。
それからバスカードをくれようとしたのだが、職員さんは最初は障害者手帳の記載に従って「女性用」を手に取った。そこで申請時と同じ理由を述べて「男性用を貰えたら有難いのですが」と申し出ると、上司に相談の上「これはうち(保健所)で融通できるのでいいですよ」と上の写真の現物をくれたのだ。
保健所は市の部署の一つで、しかし精神障害者手帳を交付するのは県で、市と県との関係によってこんなことも起きている。
さして困ることでもないのでそのつもりはないのだが、「もし性別記載について文句を言うとしたら、県の何処に言えばいいのですか」と訊ねると、職員さんは県精神保健福祉センターだと教えてくれた。
県精神保険福祉センターと言えば、ぼくが性同一性障害の自助グループ活動をするときに一番世話を焼いてくれている公的機関だ。センターの職員さんたちはとてもぼくとグループに好意的で親切だ。県も市も職員それぞれはとても親切で性同一性障害当事者であるぼくを気遣ってくれる。でも「県」だとか「市」だとかの団体になると途端にお堅くなってしまうのは、どうしてなんだろうね。