2005年11月05日(土) こうして大人の階段を。
ぼくは茸が嫌いだった。食べても味がしなかった。噛んでも何だかふにゃふにゃして気持ちが悪いし、見ためもグロテスクだ。八宝菜に入っているそぎ切りの椎茸なんて、なめくじそっくりで箸で掴むのもためらわれた。
そんな風に「厭だなあ」と思っているところに、学校の授業で「茸は菌です」と教えて貰った。理科の生物分野の授業だ。教科書には椎茸の断面図が印刷されていて、その中には傘の裏側の拡大図なんてのもあって、椎茸の傘の裏側のひらひらは菌糸によって成り立っているのだと御丁寧に解説してくれていた。
それでなくとも、あの傘の裏のひらひらはいまにも動き出しそうだから口に入れるのは厭だなと思っていたのだ。それが菌糸でできていて生きているのだと聞いてしまったら、傘まるごと一個の椎茸なんてとても喰えない。舌の上に乗せた途端にひらひらをうごめかせて身体中を這われそうだ。ぞっとする。
ということをどうしても考えてしまって、ぼくは茸を避けて通ってきた。出された料理に入っていたら文句を言わずに喰ったけれど、自分で調理するときには好んで入れることは絶対にしなかった。
けれども、三、四年前から急に、つまりきっかけも理由もなく、ぼくは茸を食べるようになった。何故かと問われても考えてみても判らない。自分で調理する食事にも時折気が向いて入れるようにもなった。カレーには必ずしめじを入れる。でも、特に旨いと思ったことはなかった。
さて、今日。
昼下がりにこれまた急に「茸のホイル焼き」を食べたくなって、買いものに出掛けた。しめじと、舞茸と、えのきと、ブナピーを買った。ブナピーは先日母と茸飯の話をしていたときに「なかなか旨いニューフェイス」と聞いたので試してみる気になった。エリンギも好きなのだがブナピーに気を取られて買うのを忘れてきた。
それ等茸と、もやしと、鶏肉を少し切って、アルミホイルで包む。ガスコンロに直接乗せてもいいのだけど既にフライパンが乗っかっていたのでその中に入れて一五分ほど加熱する。あとは好みの調味料で食べるだけ。醤油を少しだけかけた。
アルミホイルを破った瞬間に立ち上る湯気、その匂いがたまらなくいい。スーパーマーケットでも茸を沢山置いてあるところに行くと、少し甘いようないい匂いがするけれど、熱を通した匂いはいわゆる「うま味」、グルタミン酸を含んでいるかと思われる匂い。如何にも旨そう。
調べてみると、茸の旨みのもとはグアニル酸という成分で、グルタミン酸ととても相性がいいとのこと。だから昆布(グルタミン酸を含む)の出汁と醤油(グルタミン酸を含む)で味を付けるととても旨いものに仕上がるらしい。
箸で掴み上げて口に入れ、噛み締めるとじわーっと茸独特の匂いと旨みが口の中に染み出して、その滋味と滋養が身体の隅々まで広がっていくような多幸感に包まれた。
うま……!
茸ってこんなに旨かったっけ? 味は濃いし歯ごたえもしゃきしゃきしてるし、とっても旨い。安くて手間も掛けずに沢山喰えるし腹もふくれるし熱量は低いのに栄養は豊富。何て有難い。
年令が一ト桁の頃はこの味を感じる味覚も経験も持たず、見掛けばかりを気にして本質に近付けなかったぼくも、こうしてまたひとつ、味が判るようになりました。
じわじわ、じわじわとだけど、ぼくも大人になっているんですねえ。
【今日の違いないないない】
「スーパーカミオカンデ」という文字列を見て、何かのアナグラムに違いないと思って逆から読んでみたり文字を入れ替えてみたりした人が、ぼく以外にもきっといるに違いない。