大学近くに三品という牛めし屋があった。大量の飯を盛った皿の上に、トンカツを2枚乗せ、その上に牛丼の具をもって玉子を落した赤カツ玉というメニューをよく食べていた。玉子を絡めて食っているうちにニチャニチャした味わいになり、そのニチャニチャ感が妙にくせになってしまったものだ。
大学の近くでそれなりの年月やってきた食堂ということもあり、様々な著名人の色紙が食堂の壁に貼られていた。ある日、授業前にいつものように赤カツ玉を入れにいったら加わっていたものがあった。
「三品さんへ
一隅を照らす
筑紫哲也 乙武君と共に。」
その色紙を見ながらなんだかなあという気分と共に赤カツ玉を二チャ二チャかきこんだのだった。そして、それからも三品にいくといつもその色紙とご対面しながら赤カツ玉を入れることになったわけだ。
そして、時は流れ、筑紫哲也は死に、乙武のほうは銀座のイタリアンで無礼な対応されてツィッタ―でひと悶着起こしたみたいだ。学生街の牛飯屋から銀座の高級イタリアンである。一回の食事代で赤カツ玉何回食べれるのだろうか?ある意味成長したものだなあと感慨深くもある。とはいえあの色紙をみた時とこの件を聞いたときに受けた微妙な感覚は似たようなもんなので、やっぱりつながってはいるんだろうなあとおもう。
とにもかくにも、三品の食いもんに関しては乙武よりは確実におれのほうが食ってきたという自信はある。なんであそこは生卵までにちゃにちゃしていたんだろうか?
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