2011年04月28日(木) |
東日本大震災 震災復興構想会議 |
政府の「東日本大震災復興構想会議」は2011年4月14日、首相官邸で初会合を開いた、というニュース。
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景気が低迷し、内需拡大が叫ばれる中で、今回の地震は発生した。 そして、復興という名の下での、官需の大発生である。
なんとか総合研究所の類が、ゼネコンが、医薬品会社が、通信会社が、 建設機械メーカーが、霞ヶ関に押し寄せる。
情報をとって、実績をつくって、「その発注」に食い込もうとする。
被災地に対する眼差しは、災害初期の頃に取り戻した人間性を失って、 もう、利益を至上命題とする、企業のものに変質している。
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もちろん、今こそプロフェッショナルとして腕を振るう時、というのもある。 その気概を悪く言うつもりはない。
けれども、繰り返すが、私達は内需拡大が叫ばれる経済状況の中で被災した。
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被災地の瓦礫の撤去の目処も立っておらず、住民が困り果てているのに、 よそ者がそこへ勝手に十年先、二十年先の図面を引いたり、金をはじくのは不謹慎だ。
せいぜい、今の段階でよそ者がやってよいのは、一次復旧程度と思う。 不便のないように。清潔で快適であるように。離れ離れにならないように。
豪華絢爛な都市やインフラは、ほんの一時は被災した人々の自尊心を満足させるが、その後はただ人心を荒ませるだけであり、不要だ。
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まだ一ヶ月半しか経っていない。 「何もかも失う」ことの意味を本当に知るのは、これからなのだ。
一つひとつ、ゆっくり元にもどしていくより他に、道はない。 次世代に託さねばならないことも、沢山あるだろう。 でも、命の助かった子ども達はきっとやってくれるだろう。
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土足であがりこんでくる目先の復興に惑わされてはいけない。
そのことを、経験をもって東北の人々に伝えられるのは、 阪神淡路大震災を経験し、その後の真の復興に苦労した市民だけである。
復興支援は、東北の自治体や企業、市民が自分達で再び街をつくりあげるのを後方で支えるような、そんなあり方であってほしいと思う。
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