2007年08月21日(火) |
リスクと安全保障の在り処 |
ミネソタ州ミネアポリスで高速道路橋が崩落した事故の、その後のニュース。
連邦政府は類似の橋について一斉調査を指示するも、そもそも崩落の原因が不明なので何をチェックしてよいのかわからず現場が困惑しています、という内容。
米国は、よその国へ戦争に出かけている場合ではないんである。
大体、生命の危険=誰かに殺される、というのに執着した発想がいけない。 テロリストが1ミリも動かなくたって、米国の国民は危険に晒されている。
もっと言えば、そのことは米国民に限った話ではない。 死を危険の内に感じるなど私だってご免だけど、 そもそも死のリスクをまったく負わないのは、既に死んでいる人だけではないだろうか。
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今回崩落した橋だけではない。そして都市のインフラに限った話でもない。 米国では農地だって年々土壌生産力が低下しており、将来は食料輸入国になる可能性も示唆されているのだ。
もはや、彼の国に開拓精神は不要である。 そのタフなパワーは、どこかの新しい何かではなくて、 既に手の内にあるものを深める方向に向けたらどうかと思う。
2004年08月21日(土) 日焼けオヤジの放物線
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