登山学校に行っていたHが帰ってきた。
出発前夜に、家族から自由の身になってクライミングに専念したい、 というようなことを、それもご丁寧に「本心なんだ」との注釈付で言われた。
留守になって数日の間は、 自分が登頂に成功しないことを家族のせいにするとは情けない奴だな、 と思ってみたり、 そういうことなら、自由にしてあげたほうがいいのだろうか、と思ったり、 問題は別のところにあるのかもしれないと、改めて自分の態度を振り返ってみたり、 少しの間まじめに考えた。
でも、「本当はあの時雪崩で死んでいた」と思い込めば、今さらどうでもいいや、 との思いに行き着いたところで、考えるのをやめることにした。
そして、けろっとした顔をして、奴さんは帰ってきた。 まるで犬の散歩のようである。
よく分からないけれど、ある年齢か、または家族をもって数年経ったときに、 男の人の中には、−女の人もそうかもしれないが− このままでいいのだろうか、と漫然と思う場合があるのかもしれない。
2004年02月16日(月) ファンタジーと生きる
|