上京。
新宿駅の雑踏を、Aは緊張した面持ちで歩く。 手と足を伸ばし、小走りで行進するみたいに歩く。
周囲の大人たちの迷いのない歩き方と 同じにしなければならないと思っているようだ。 時々、これで間違ってないか、とでもいうように、辺りをきょろきょろする。
手を引きながら、いいよいいよやめとき、と思う。
頑張ってみても、この雑踏はあなたが期待しているような 視線は返ってこないのだから、と。 えらいねーとか大人みたいだねーとか遠くから来たんだねーとか。
小さいコミュニティから都会に出てくる若者は、 まずここのところでぶつかるのだろうな、とふと思った。 「この街では自分を誰も気にしない」、ということに気がついた時、 それはそれは寂しい思いをするか、あるいは、開放感を味わうかなのだろう。
Aは雑踏に流されて歩くなんて、まだ10年以上早い。
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