子どもというのは、もっと絵を描くものだと思っていた。 おかまいなしに、そこいら中に。
だのにAは、何やらミミズのような、トンパ文字のようなものを 不要になって与えた伝票に、せっせと「記入」している。
そして時々、電卓をたたいては、ぶつぶつ言って そこに書き込んだ内容を確認する。さらに私に同意を求める。 やれやれである。
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ある年頃に達した幼児は、文字を覚えたがるものだが、 Aを通わせている保育園ではこれを封印している。
その代わり、大きな紙に何枚も何枚も絵を描かせ、 そこに子どもの気持ちを表現させる。本当に一人一人違う。 保育士は丁寧に、そこから発せられるメッセージを読み取る。
食事と睡眠をしっかり摂って身体を健全に発達させ、 友達とのケンカと仲直りの経験を積み重ね、 怒りや不満や悲しみの感情を健全に噴出できるようになり、 さらにこれらをコントロールできるようになってやっと、 文字を学ぶ段階に至る、という訳である。
「剣よりも強い両刃の剣」を自分のものにするためには、 それなりの資格と適切な時期が必要なのである。
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遊びで鍛えた集中力と好奇心が支えとなって、ここの子ども達はだいたい、 小学校にあがって半月ぐらいで文字などは覚えてしまうらしい。
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