2004年06月07日(月) |
生きていくことを妨げるメディアというもの |
テレビを見る。
少女のカッターナイフ殺人事件のニュースを見て驚いた。 例の「学習室」の間取りをはじめとして、 事件当日とほとんど同じ報道内容。
普段テレビを見ない分だけ、 時々目にすると異常さがよくわかる。 メディアは、同じ情報を繰り返しくりかえし垂れ流している。
オウム裁判の時も思ったけれど、 メディアがそういう瑣末な情報を繰り返すことは、 国民の思考をそこから先へいかせないばかりでなく、 社会に対する不安や絶望感を 実際の状況以上に増幅させる装置だ。 ただでさえ痛ましい事件が日々増幅され、 同じような事件の再発生を促しているとさえ言える。 害毒だ。
人の心は、生きていくために 不安や絶望から立ち直る力をもっている。 自分で意識してもしなくても、 そういう方向に向かってゆくものだ。
そのために内省や忘却や慰めは必要であり、 時々刻々と「過去」になってゆく事実が いつまでもべったりついてまわる必要はない。
つらい事件があっても、何があっても、 私たちは生きていかなければならないし、 生きていれば改変可能な新しい日々が始まるのだ。
少なくとも現代に生きる私たちの人生は、 先の大戦でひどい戦中戦後を味わった世代の、 そうした気持ちによって存在しているはずだ。
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大体、件の事件の真相などに至っては、2日3日で そんな簡単に解明できるはずがない。
事件の瑣末情報を金づるにしてしがみついている輩には 決して真相をみつけることはできないし、まして このような事件を起こさないようにすることなど、 絶対にできない。
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