| 2012年09月08日(土) |
初期型モーグ・シンセサイザー「箪笥」 |
今回のタモリ倶楽部、ゲストが超豪華であった。 なんと作曲家の冨田勲と、その弟子。 私の中で冨田勲と言えば「リボンの騎士」。(主人は「キャプテンウルトラだろ」と言うが、ごめん知らない……) 元々は器楽曲なのを、子供にも親しめるようにと歌詞を後から付けたそうだが、あれは前川陽子だから歌えるのであって、子供には到底無理であった。 横道に逸れたが、冨田さんは今回、作曲家としてではなく、シンセサイザー奏者の第一人者としてゲストとして呼ばれたのだ。 なので弟子もシンセの弟子で、松武秀樹という人だった。主人によるとこれまた一流で、YMOにも参加していた人なのだとか。へえー。 この2人に、初期のシンセサイザーを演奏して貰うという企画らしい。 その名もモーグ�掘檻叩J面勝崔戎據廖3里�に家具並みに大きい。 テルミンと同じくモーグというのもこの楽器を作った人の名前だが、モーグ博士は電子工学の専門家なのだとか。 そう言えば今年のいつだったか、グーグルの検索ページがシンセサイザーだった事があったが、あれがそうか。 どうしても欲しくて、1971年当時に1千万もかけてアメリカから輸入したのに、こんなのが楽器な訳があるかと羽田の関税で止められ、アメリカに頼んで演奏している証拠写真を送ってくれるように頼んだら1箇月後にやっと送られて来たとか、 手に入れたはいいが手順書も取扱説明書も無く、この部分の最大出力はこれだけね、みたいな数値しか記載されていなくて全くの手探りだったとか、 普通の人間なら途中で音を上げるだろうという困難に立ち向かって第一人者になった冨田さんは、やはり並の人間じゃないと思った。 1千万円に対してだけの執念ではなく、これで音楽を作りたいという欲求が、やはりそこまで駆り立てたのだろう。 そして世に出た作品集が、今もCDで出ている「月の光」。 何でドビュッシー?と素朴な疑問を口に出してみたら、主人が解説してくれた。 ドビュッシーやラヴェルといった印象派の音楽は、途中で音色が変化して行くのが相応しい、作曲者もきっとこう作りたかった筈だと、以前冨田さんが何かの番組で言っていたらしい。 なるほど、言われてみれば確かにそんな感じがする。言われないと解らない私。
今でこそ鍵盤が付いたり小型化されて持ち運びが容易になったりしているシンセサイザーだが、昔はとんでもない代物だった事を、私はこの番組で初めて知ったのだった。 いつもくだらない企画ばっかりだが(それはそれで良いが)、偶にこういうアカデミックな話を聞けると得した気分になる。 しかしそこはタモリ倶楽部、最後はくだらないお題で締めてくれていたが、昔のシンセはまだ不安定で、時間が経つとどんどん音が変わってしまうものだったというところまで余さず見せてくれたのだった。
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