2007年03月07日(水) |
運命を受け入れられない人々 |
2007年02月25日〔日〕ブルガリアン美人追加。 店長、いや小林さん、お待たせしました。例のネタでございます。
2005年8月10日、埼玉県上尾市の市立上尾保育所の本棚の中で、榎本侑人君(当時4)が熱中症になり死亡した。 両親は2007年3月7日、保育士等が園児の行動を充分把握していなかったのが原因などとして、同市に約8400万円の損害賠償を求める訴訟を起こした。
この事故は覚えている。 園児達がかくれんぼをしていて、この子は本棚の引き戸の中に隠れたものの、誰も見付けてくれずに2時間が経過、そのまま熱中症になってしまったらしいという話だった。 まあ、子供だから、誰某ちゃんがいない事に気付かなくても仕方ない。 では、責任は誰に? 事故から1年以上経った昨年10月、侑人君への注意を怠ったとして、業務上過失致死の疑いで、当時の所長等3人が書類送検されている。 そして更に半年経ってから、今回の訴訟である。 会見で父親は、「事故の真相を知りたい」として提訴したというが、果たしてそれは得られるのであろうか。 園で虐待があったなら兎も角、殆ど事故だと思われるのに何故? 昨年の書類送検にしても、「保育士は園児の行動を充分に把握しなければならない」と言っているようなものだ。
園の中だから、保育士に責任を負わせたいというのは解る。 では逆に、親はどうなのだ? 森ビルの回転ドアに挟まれた男児にしろ、植え込みに落ちて躑躅の枝が頭に刺さった赤ん坊にしろ、「その親は子供の行動を充分に把握しなければならない」という事になりはしないか。 それならば、ビルの責任者と回転ドアの製造会社や、動物公園の管理者である千葉市が責められるのは、明らかにお門違いである。 法律は、全ての人に平等でなければならない筈だ。
自分は被害者だから、金を持っている奴から搾り取ろうという動機ではないにしろ(弁護士は多分このような動機だろうが)、何かと言うと裁判に訴えようとするのは、果たして得策なのだろうか。 全国の産科や小児科の医者が減っているのも同じである。 日頃の業務がハードな上に、一寸乱暴な物言いをすればやれドクハラだと言われ、何か事故があれば医療ミスだとすぐ訴えられるのでは、誰がそんな仕事をしたがるだろうか。 そして、子供を預ける親と預かる園との関係もそうだ。 園児が事故で死ねば園は訴えられ、それが嫌で病気の子供は預かりたくないと断れば、うちの子も預かれとごねられる。 結局は利用者が、自分の首を絞めているのである。
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