結婚する前後の2、3年、私はよく不整脈を起こしていた。 不整脈というのは、心臓のリズムが乱れる事である。 一定の速さで脈打っている筈の心拍が、テンポ・ルバートになったり、突然休符が入ったりするのだ。 1拍休むと、次の拍でドッと血液が流れる訳だから、「あー、止まった〜♪」と脈を取るのは面白いのだが、自分でも吃驚するし、具合が悪くなる事もある。 尤も人間は1日に1度は不整脈を起こしているらしいので、しょっちゅうの事でなければ、そんなに神経質になる事は無いだろう。 ただ私の場合は結構それが頻繁に起こっていたので、心配するダーリンには医者にかかる事を勧められたが、1度行くと永遠に薬を飲み続けなければならなくなると知り合いの医者に言われたので、薬漬けの人生なんて嫌だと思い、結局その件では病院に行かずじまいだった。
そのうちに私の不整脈は鳴りを潜めたのだが、最近ダーリンに移ったようで、心臓がおかしいと言い出した。 因みに、彼の父は1度心臓病で倒れている。心臓の悪い家系なのだ。 そして彼も、父親と同じ前触れがあった。 腰や背中の痛みである。 尤もダーリンの場合、しょっちゅうあちこちが痛いと訴えるので、本当に前触れなんだかどうなんだか判らなかったのだが。 しかしとうとう心臓の痛みと不整脈を訴えたので、こりゃマズイんじゃという事で、やっと半日休みを取って病院に行って貰った。
帰宅してから彼は、「痒い痒い」とず〜〜〜っと訴えていた。 ポータブル心電図測定器(ホルター心電図測定器とか言うらしい)を付けられたため、電極を留めるテープがかぶれて痒いらしい。 ……そう、彼は絆創膏の類が駄目なのだ。痒くて。 しかし外す訳には行かないので、我慢して貰う。 しかし煩い(怒)。 1回言えば解るから、痒いんだって事は。
夜中に、ダーリンがトイレに行く気配で目が覚めた。 しかし、戻って来た彼のパジャマのズボンにはシミが……。 「どしたの、これ」 と私が指摘すると、彼は初めて気付いた様子。 「おしっこする時に心電図のコードがズボンに引っ掛かって、そっちに気を取られて濡らしちゃったんだな」 「ズボン替えて下さい」 と私が怒りを隠して無表情で言うと、彼はしょんぼりして部屋を出て行った。 濡らしたズボンを洗濯機に放り込みに行ったんだなと思っていたが、なかなか帰って来ない。 まさか……この寒さで心臓が止まって洗面所に倒れているんじゃ? 流石に心配になり、温い布団を出てダーリンを探しに行くと、彼は、 「あ」 ケツを丸出しにして、トイレの床に屈み込んでいた……。 「貴方、何してるの……?」 「おしっこ床に零しちゃったから、綺麗にしとかないとシオンに叱られると思って」 コドモかー!? 「いいから、さっさと寝室に戻って新しいの穿きなさい! こんな寒い所でそんな格好してたら心臓に悪いでしょ!」 「だって、シオンがシオンが……うええん」 「うええんじゃないでしょっ。寒くなけりゃ自分で拭けって言うけれど、貴方心臓が悪いかも知れないんでしょ、さっさとケツ仕舞えや!」 そして、ハーイと言って寝床に戻る彼の背中に呼び掛けた。 「ちゃんと心電図の表(日常生活の記録表みたいな物を渡され、何時に飯食った、何時にトイレ行った、何時に運転しただの書かなければならない)に『1時:ケツ丸出しでトイレの床掃除』って書いとくのよ!」 床は粗方綺麗になっていたが、一応念のため、私がきっちり拭き掃除をしておいた。
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