日々是迷々之記
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2004年05月12日(水) 意味があってもなくても

買い物をして帰ってきた。背中にザックを背負い、右手に卓上扇風機の入った箱、左手に本日開店した好日山荘でのお買い物をぶら下げて、マンションのエレベーターホールの大きな鏡に映った自分にふと目がいく。いやー、りっぱなオバサンだ。(涙)

部屋に入り、テレビをつけるとNHKの「クローズアップ現代」という番組がやっていた。そこに映った若い男性は、「働くことの意味がわかんないんですよね。そんな自分を犠牲にしてまでしなきゃいけないことなんですかね。」と活力のない目で言うのだった。私はああ、ひきこもりの人のドキュメンタリーかぁ…。合わない仕事って確かに追いつめられるよね、と思ったらそこにテロップが出た。有名な大学の4回生である。どうして就職活動をしないのか、という問いに対してであった。

私は一気にばっかじゃねーのと心の中で毒づいた。そんなもん、メシ食うために決まってるじゃないか。やりたいことが見つからないとか、自分に何ができるかわからないとか、迷うより前に、ゴハンを食べないといけないし、ケータイ電話の料金だって払わないといけない。今、世話してくれている保護者たちはかなりの高確率で自分より早くいなくなってしまうし、それまでに一人で生きていけるようになっていなければならない。それだけのことだと思う。

だいたい、意味がないとできないんだろうか。私は基本的にやりたいこと、楽しいことしかしないが、そのためのつらいこともやっぱりする。バイクに乗りたかったら地獄の教習があったし、欲しいモノがあれば守銭奴と呼ばれようとも節約の鬼になる。

意味が分からないと先に進めない人はぜぇったい結婚とかこのままだったらできないだろう。結婚の意味は仕事よりもずっと曖昧だからだ。仕事はどんな仕事にせよ、達成感もあれば、続けることによって何かをやり遂げたような気もするし、お金も手元に入る。が、結婚はどんなもんだろうか?同じ苗字になって、一緒に住み、一つの家計を持ち、運営するといったところか。男性の場合はほぼ確実に自由になる金額は減るだろう。

が、そこで「意味ないじゃん。」と判断するのは早計だと感じる。一人ではわからなかった楽しみもあるし、血縁がないからこそ努力しないとつながりは保てないので、努力をすることになる。まぁ、努力なんてたいそうなものではなく、一緒に楽しもう、充実させようとすることか。それで初めて意味を感じるようになるわけであって、最初っから「むむ!結婚の意味とは!」などと小難しく考えても、徒労に終わるだけである。

というわけで、「意味が分からないからやらない」人は、とにかくやってみるといいかもしれない。就職にせよ、結婚にせよ、ほんまにアカンかったらやりなおしはできるのだから。

こんな感じで、若い人達が私の予想だにできないところで悩んだりしているのを感じると、あー年とったなぁと思う。まぁ、両手に買い物袋を食い込ませてる時点でりっぱにオバサンなんだけども。


nao-zo |MAIL

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