日々是迷々之記
目次|前|次
| 2003年12月31日(水) |
年末年始食べまくりの記 |
年末年始をだんなさんの出張先で過ごした私は何をしていたかというと、飲酒、飲食、スキー。それだけであった。5日もあったのにそれだけなんである。ということで12月31日から1月4日までをまとめて記そうと思う。
12月31日 昼過ぎに現地へ到着。肩すかしなほどに普通列車は空いていて、18切符でお得気分満喫だ。早速昼食。回転寿司の「プラザ丸忠」へ。ここは何と100円均一でも食べ放題でもない。一皿380円とかだったらどうしようとエビのように腰が引けたが意を決して入る。結果、大満足。ねたがでかいのと、巻物の分量が多いのと、かに汁(220円)がうまかったのだ。二人で2560円なら「あきんど」や「くら寿司」とあんまり変わらない。併設の巨大スーパーで買い物ををして、アパートに帰る。メニューは唐揚げ(大阪から持参)とかぶらの漬け物(これも大阪から)、野菜サラダ、中華のオードブルセットなどなど。酒は何と雪中梅(日本酒)、海童(焼酎)、瑞泉(泡盛)がいずれも一升瓶で床に置いてある。ビールはモルツスーパープレミアムを一本づつ。ボブサップが曙を倒したところまでは記憶があるが、その後は記憶が曖昧だ。が、しかし、しっかりと年越し蕎麦を食べてから寝たようだ。
1月1日 目覚めると強烈な腹痛だった。原因は分かっている。冷えだ。だんなさんの家にフトンは一組しかない。私はキャンプ用のマットに空気を入れてその上に寝ていたのだが、パジャマからハラが出てしまい、なおかつ寝返りをうったときにマットからはみ出し、ハラが木の床に設置。瞬間的に「冷たい!」と思いつつも眠いのでそのまま寝てしまったのである。と言うわけで朝から胃腸の中で、お坊さんがガンガン鐘を鳴らしつつ、ラップのリズムでヘイチェケラッチョ!というかんじであった。私はフトンから出ることもままならず、昼までフトンにくるまったまま「こち亀」のマンガを読みつつぼんやりしていた。
傍らでだんなさんがお雑煮を作っている。鶏ガラと昆布、鰹のだしに、鴨と大根、三つ葉、焼き餅を入れる。人生で一番うまいお雑煮だと思ったので、「将来は雑煮屋をやるのもいいねぇ。」と言うと、「…その店って雑煮しかないの?」と聞き返された。海苔で巻いた餅もあっても良いと思った。雑煮を食べると元気になったので散歩に出た。街が空いていて気持ちが良い。変な名前の店があったので、いちいち指摘すると、「そんなの気が付かなかった。」と言われた。「たこ焼きポニーテール」「磯ラーメン」とか私は目がいってしまうのだが。
散歩をしていると元気になってきたので夕食は近所の韓国料理屋「柳キムチ」へ。ここでは豚足、海苔巻き、豆腐サラダ、ソルロンタン(牛骨スープくずきり入り)、そして、壺入りのマッコリを注文した。マッコリはいわゆる濁り酒でここのモノは食事に合うちょっと辛口のものだった。向こう式の湯飲みで10杯以上あった。小皿のナムルもどんどん出てくるしで、もう朝にお腹の中でぼんさんが暴れ狂っていたことを忘れて飲み食いしまくってしまった。結局3時間も飲食してしまい、帰りにコンビニでホームランバーを買って帰った。
1月2日 今日は正月らしくおせちを食べた。初めて食べたが鯛のかまぼこはうまかった。そしてビール、日本酒、焼酎といつものペース。さすがに昼過ぎになってしんどくなってきたので、明日のスキーの準備をしてから仮眠した。
夕方クルマで出発して道の駅併設の「どんぐりの湯」という温泉に向かった。そこでこないだも行った「山武き(きは七が三つなのだがATOKで出て来ず)」が開いていたので温泉に入る前に食事にした。私は「とろろ御膳」ダンナさんは「あまごの塩焼御膳」これがうますぎた。クルマだってのに熱燗を2本。とろろは自然薯。ご飯はミネアサヒの新米でおかわりし放題。茶碗蒸しにはムカゴに名古屋コーチンまで入っている。あまごはでっかくて、きのこの赤だしはサイコーだった。ということで私はオロカにもどんぶり2杯のご飯を食べ、ふらふらしながら温泉に入った。
ダンナさんは酒を抜くためにサウナに10分以上入り続けたそうだ。わたしが露天風呂でうつろな目をしていたころにごくろうさんだと思った。そこからは「きそふくしまスキー場」に向けて走った。
1月3日 昨晩は9時過ぎにスキー場の駐車場に着いてしまい。軽く焼酎を飲んで、途中のコンビニで購入したつまみを食べつつクルマの中で寝た。しかし、最近のコンビニは生ハムや、クリームチーズを売っているのにびっくりした。
朝起きるとうっすら雪が降っている。それほど混んでないしサイコーの気分だった。が、気分はサイコー、スキーはトホホであった。私は今日でスキーをやるのが人生で5回目。20歳の時に1回。その後スノボに転向して3年でケガしてやめ。その後ブランクがあって去年いきなり3回行ったのである。ということでそこいらの幼児レベルの滑りである。ほらよくいるでしょう。ガニマタ直滑降でやたらと早い子供が。アノ滑りしか出来ないのである。が、私は30過ぎの女である。滑っている本人は気持ちが良いが、はたから見るとお笑いらしい。こけて立とうともがいていたら大汗かくし。筋肉痛であっという間に夕方を迎え、クルマで出発した。
が、国道19号線が事故で大渋滞。私たちは朝にパンを食べたきりだったので、殺気を感じるほどに空腹だった。渋滞から抜け出した午後6時半。無言で「とん太ラーメン」にクルマを寄せた。
そこでは瓶ビール、おつまみチャーシュー(ゆがいたもやしとチャーシューにニンニク醤油がかかっている)と餃子で小腹を押さえて、だんなさんは味噌ネギラーメンと大ライス、わたしはとん太ラーメンと普通ライスを食べた。お勘定は2780円。ラーメン屋でこれだけ食べたのは初めてである。食い過ぎ?家に帰っても全然お腹は減らず、焼酎を飲んで寝てしまった。
1月4日 今日は大阪に帰る日である。やることはお金の精算と掃除、スキーの手入れであった。お金の精算はめんどくさいのでいっしょくたにして、「正月の飲食10000円」とかメモしておいた。つじつまあわせが大変そうだけど、めんどくさいのでしょうがない。昼頃、駅まで送ってもらい、行きと同じで18切符で帰った。家に帰ると、年賀状をチェックしてから、会社の近所のスーパーへ買い物に行った。お正月の残り物ゲットに燃えていたのだ。結果、ニシンの北海漬などを購入し、帰りにさぬきうどんの「麦まる」できつねうどん300円を食べて帰った。
と言う感じでよく食べ、よく飲んだ正月だった。しかし年々正月らしさが薄れてゆく。子供の時は、洋服を新調したり、髪の毛をカットしたり、していた記憶があるが遠い昔のような気すらする。
それでは今年もよろしくです。
|