日々是迷々之記
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| 2003年06月15日(日) |
人が去ってしまうということ |
今日は友人の家に要らなくなった家財道具をもらいに行った。友人を車でピックアップしたあと、何気なく引っ越しでもするの?と聞いてみた。すると友人は「こないだ亡くなったおばあちゃんの家を引き払うねん。それで家の中を整理してるねん。」といった。
私はその場ではふぅん、そうなんかぁと単純に思ったが、現地に着いてから私はうーんと考え込んでしまった。中途半端な時間で止まっている手巻きのぼんぼん時計、半分ほど使われた化粧水、ちいさなくずかごには使用済みのお化粧用コットンが入っている。年代物のしっかりしたタンスの上の箱には「○○さんよりXX」といった感じで、住んでいた人の几帳面な人柄を感じさせる記述がある。ここには確かに人が生活していたのだ。
そんなことは当たり前かもしれないけれど、人が暮らしていた場所から人だけが消えてしまうと何だかそれはとてもかなしい空気が流れているように感じた。何もかもが主人を失ってしまったように手持ちぶさたな空気が流れている。
私には家族といえばダンナさんと妹くらいのもので、どちらにしても私が突然死んでしまっても路頭に迷うことはないのだが、こういうふうに「人だけがいなくなってしまった風景」を実際に見てしまうと、気持ちはフクザツである。
私はおばあさんの家から扇風機とちいさなちゃぶ台、電話機そして買い置きのティッシュペーパー5個組を戴いた。実は手巻きのぼんぼん時計も欲しかったけれど、うちの家はマンションで柱がないからかけるところがないので断念した。
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