uchie◎BASSMAN’s life

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2003年09月20日(土)
■パブロ・カザルス「無伴奏チェロ組曲」

ここ数ヶ月の中で一番こころを打った音楽は、パブロ・カザルスが演奏するバッハの「無伴奏チェロ組曲」だ。といってもまだ全部持っているわけではない。1936年に録音されたものをデジタルリマスタリングしたCD2枚の内の前半だ。つまり第6番まであるうちの第3番まで。
しかも今日やっとその1枚を全部通して聞けたのだ。今まで聞いてる途中に電話がかかってきたり、NHK?が来て息を潜めたりしたためだ。

この演奏を聞くと、音楽にとって新しいか古いか、またはジャンル、人種などが全く無意味に感じる。
シンフォニーなどと違ってチェロ一本だけで演奏しているのだが、実に表現豊かなのだ。ひとりで演奏していることによって不完全になっている部分は全くない。
この演奏に架空の物語や、限定した風景や空間は存在しない。激しく上下するその旋律は、目を閉じていても眼球を運動させ、音が目の奥をくすぐり、体中を突き抜けるのを感じる。
自分の体と外界との境界線が曖昧になっていく。空間と心と体が共鳴するようだ。

仕事で忙しかった頃はこんな感覚を味わうことはできなかった。人生なんてただの暇つぶしに過ぎないのなら、こういう時間は大切にしたい。人に使われるなんてことは、妥協の繰り返しだ。そして使われた分に似合うだけの報酬なんてありえない。お金よりも疲れとストレスの方が溜まり易い。
バンドをやっていて人に言われたことがある。“ひとの言うことを素直に聞いてればみんなに好かれる”“舵をとる人間はひとりで十分だ”

または“どうすれば音楽は伝わるのか”という疑問をいろんな人の口から聞く。

音楽をやるのも、音楽を聴くのも、おそらくそれは他人との境界線を越えること。
僕は君で、君は僕。
映画「リリイ・シュシュ」ではエーテルに例えられている。(主人公の少年がuchieにそっくりだと言われ見てみたが、顔も性格も似ている。怖いくらいだ)
音楽は、人に想像の領域を与えたときに、他人に伝わるに違いない。そして混ざり合うのだ。それは気持ちいいことなんだ。

カザルスは時を越えて語りかける。