みかんのつぶつぶ
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「ぼくも手伝いましょうか」 ストレッチャーに横たわりながらの入浴中に、 ほかの患者さんを入浴させていた看護婦さんに彼が、 そう声をかけたと、報告された。 「旦那さんらしいことをやっと言ってくれたわ」と、 嬉しそうに。
1回、2回目の再入院までは日常的なことは全て自分でこなし、 入浴できる日を楽しみにして過ごしていた。 同室の患者さんが困っている様子を見れば、 親切に案内をしてあげていたり。
3回目、車椅子で入院。 食事も介助をされながら。 入浴も、ストレッチャーに横たわりながら。 鬱状態もあったり、抗がん剤の影響もあったりで、 意識レベルも低く、 日常会話もあまり弾まない状態になっていたなかで、 それまでの元気だった彼らしい言葉がポンと出てきたことに、 素直に喜んでくれた看護婦さんだった。
彼が亡くなって数ヵ月後、担当だった医師へ面会にいったとき その看護婦さんと廊下で出会った。
「相変わらずお元気そうで、お忙しいでしょう」と声をかけた。 「奥さんも元気でやってる?私も来年は定年だから、引退よ〜」と、 少し疲れた優しい笑顔で返事をくれた。 「そうですか、本当にお世話になりました。どうぞお身体に気をつけて」 とお辞儀をした頭を起こすと、看護婦さんはうっすらと涙目になっていた。 うんうんと頷いて、足早に病棟へとかえっていった。
部屋のなかを吹き抜ける風は、 すっかり秋の匂いで。 想い出がぽろぽろと転がり落ちる。 拾い集めては抱えて、 気づいたら涙を流していた自分に驚いた。 忙しいのは疲れるが、 これでまた家に引きこもる生活をはじめたら、 昨日を繰り返すだけの生活をしてしまったら、 私はきっと、 もうダメだろう。
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