みかんのつぶつぶ
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2002年10月18日(金) いま私は。

去年の今日は、一緒に泣いた日だったんだ。病院の敷地内にあるベンチで。カサコソと枯葉が足元に数枚落ち始めた季節で。そう、この季節、この匂い、この陽射し、季節は巡る。

どうして彼はあのとき泣いたのだろう。息子の名前をいったから、急に思い出したのだろうか。そして、私を私と認識しながらも目の前にいるのは息子だと思って私の頭を撫でたのだろうか。それとも、言葉にはしなかった感情、子ども達と逢いたいという感情がいっきに脳内に湧きあがり、涙が思わず溢れてきたのだろうか。それとも・・・自分の命の短さを悟り、嘆いていたのだろうか。治ると信じていた勇気に体力が追いついていかず、もうこれまで、と。

彼の涙を見て、私はもうどうしていいのか繕うことすらできなくって、どうして泣くの・・・としか言えなかった。私の心の中に、深く深く染み込んだ彼の涙がいまでも時々深い沼を作る。川となってせせらぎになることのない沼。七色に光る水面で、私は小舟に乗り漂う。どこかに流されるわけでもなく、流れていくこともできず。

この日を境にして、彼はますます眠っていることが多くなった。衰弱がすすみ、点滴も再開されてしまった。去年の10月は、雨の日が多かった気がする。彼が目覚めるのをベッドサイドでひたすら待つ日々。窓の外は雨音。暗い病室が一層暗くなる雨の日が続いて。目覚めない彼のそばで花を飾った。花屋へ行き花束を2束ほど買いベッドサイドに置いた。彼が目覚めた時に目に入るように、言葉をかけても反応しなくなったその目に、病室の壁ではなく花々の色を映して欲しくって。

それから私は少しづつ荷物を整理しはじめていた。それまでは彼がいつ要求するかも知れないという荷物を細々と置いていたのだが、もう、彼が要求することはなくなっていた悲しみで、ベッドサイドのワゴンを開けて荷物を整理していた。希望を失っていた。

光のない日々のなかで私の精神も衰弱していた。目覚めるのが怖かった。起きても病室へ行く気力がなかった。私が行かなければ彼は起してもらえないという使命感が失せはじめていた。ただひたすら彼の眠る顔を見つめている時間が私を狂わせていた。命が、命が。命が消えようとしている彼の姿を、ただただ見ていることの無力感が、とてもとても辛かった日々だった。彼のそばにいてあげよう、という気持ちに私の気力が伴わず人知れず苦しみ、病院へ向かう時間がだんだんと遅くなった時期だった。予期悲嘆だという。

そんな日々が私の心のなかに後悔として残る今。言葉では表せないあの時間。想い出にかわる日まで静かに過ごすいまの私。


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