りとるのひとりごと。
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朝起きると腰が痛くて泣きそうなりとるっす。 いやあ、歳よねえ(自爆) なのに毎日のように庭と玄関の鉢(でかい)のレイアウトを変えてるから 懲りないお人。それは私。
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大学在学中の就職活動。
まさに「氷河期」のさきがけ。
荒れる中学のさきがけといい、私はどーしてさきがけに縁があるの?
新党さきがけ。あ懐かしや。
それはおいといて。
私は身の程知らずだったので、大手出版社を片っ端から受けた。 あとテレビ局、ラジオ局、新聞社。 マスコミセミナーにも通った。 要はミーハーだったのかしらね。
新聞の文化欄記者か、雑誌編集者になりたかった。
大手新聞社は最終面接まで行ったが不採用。
面接で「一人暮らし」と言ったら顔をしかめてたからかなあ・・。
出版社は全滅。 で、我に返り他の会社も受けまくる。
損保、商社、メーカー、あれやこれや。
しかし現実は厳しかった。
コネのある子がどんどん内定を決めていく。焦った。 父には大手商社に強いコネがあったが、コネで就職は絶対嫌だと 親を突っぱねた。自分の力で就職を決めたかったのだ。
今思えば意地になってたかなあ。でも父の助けは借りたくなかった。 商社に入っていたら私の人生、180度変わっただろうなあー。 そちらの人生もちょっと見てみたい気がする(笑)
もうほとんどの学生が就職を決めた中、私はまだ内定無しだった。
最後の最後、テレビ局の制作会社を受けた。
これが驚くほどあっさり「採用」
ペーパーテストは今まで受けた中で一番簡単だった。
アメリカの大統領は誰とか、日本の首相は誰とか。 バカにしとんかい!ってな問題ばかりだった。
普通はこの辺りで二の足を踏むべきだっただろう。 しかし内定のない私は焦っていた。 藁をもすがる思いだった。
というわけで、私のAD生活が始まろうとしていた。
それは恐ろしい日々の始まりでもあったのだ。
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