りとるのひとりごと。
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2002年04月23日(火) 棚卸し〜就活編

朝起きると腰が痛くて泣きそうなりとるっす。
いやあ、歳よねえ(自爆)
なのに毎日のように庭と玄関の鉢(でかい)のレイアウトを変えてるから
懲りないお人。それは私。

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大学在学中の就職活動。

まさに「氷河期」のさきがけ。

荒れる中学のさきがけといい、私はどーしてさきがけに縁があるの?

新党さきがけ。あ懐かしや。



それはおいといて。

私は身の程知らずだったので、大手出版社を片っ端から受けた。
あとテレビ局、ラジオ局、新聞社。
マスコミセミナーにも通った。
要はミーハーだったのかしらね。

新聞の文化欄記者か、雑誌編集者になりたかった。

大手新聞社は最終面接まで行ったが不採用。

面接で「一人暮らし」と言ったら顔をしかめてたからかなあ・・。

出版社は全滅。
で、我に返り他の会社も受けまくる。

損保、商社、メーカー、あれやこれや。

しかし現実は厳しかった。

コネのある子がどんどん内定を決めていく。焦った。
父には大手商社に強いコネがあったが、コネで就職は絶対嫌だと
親を突っぱねた。自分の力で就職を決めたかったのだ。

今思えば意地になってたかなあ。でも父の助けは借りたくなかった。
商社に入っていたら私の人生、180度変わっただろうなあー。
そちらの人生もちょっと見てみたい気がする(笑)


もうほとんどの学生が就職を決めた中、私はまだ内定無しだった。

最後の最後、テレビ局の制作会社を受けた。

これが驚くほどあっさり「採用」

ペーパーテストは今まで受けた中で一番簡単だった。

アメリカの大統領は誰とか、日本の首相は誰とか。
バカにしとんかい!ってな問題ばかりだった。

普通はこの辺りで二の足を踏むべきだっただろう。
しかし内定のない私は焦っていた。
藁をもすがる思いだった。

というわけで、私のAD生活が始まろうとしていた。

それは恐ろしい日々の始まりでもあったのだ。


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