りとるのひとりごと。
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| 2002年04月24日(水) |
棚卸し〜AD編「眠くて死ぬー」 |
腰が痛い未亡人、りとるっす。 ダンナ、ちとマッサージしてくれないかしらん。 いっつもあなたって肩にずっしり乗っかるから重くて重くて・・。
・・って、ただの肩こりか。わはは。
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テレビ局内にある制作会社。
そこに入社ということは、すなわちADになるということ。
AD。
アシスタントディレクターってやつね。
将来はディレクター。 あ、それ以上はいけない。プロデューサーは本社の社員だから。 どこまでいってもディレクター。
私は正直、テレビの世界を甘く見ていた。
なんとかなるさって思っていたんだけど・・・。
私が配属になった番組は、朝6時15分からの情報番組。
生放送。
ひええのえ。
出勤は朝4時45分。
もちろんバスも電車もないので、タクシー。
朝、3時に起床。 朝っていっても真っ暗。夜中って感じだよ・・。
ぼーっとしたまま支度をして、タクシーがくるまでうたた寝。
ピンポーン。
タクシーの運転手さんがチャイムで起こしてくれる。
それが4時15分頃。
そのまま局に直行・・ではない。 タクシー1台に一人なんてもったいないことはしない。
家が同じ方角の人をまとめて乗せていくのだ。
私の次にはバイトの女の子が乗ってきていた。
視聴者からのプレゼント応募葉書をまとめたりプレゼントを 発送したりするのが仕事だった。
初日、とにかく私は眠かった。
眠くて眠くて頭がクラクラした。
前日は早めに布団に入ったが、緊張でぐっすり眠れるはずもなかった。
スタジオの片隅で番組を見学する。
局内はいたるところ真っ暗で、しーんとしていた。 そりゃそーだ。みんな出勤はまだまだ後なんだもの・・。
番組が終わって、片づけも一通りすむとみんなで朝食へ。
ファミレスとか喫茶店が多かった。
8時過ぎ、ようやく世間が動き始めたって感じだった。
睡魔が襲ってきたのは昼過ぎだった。
特別忙しくもなく座ったままでいると、すぐに意識が遠のく。
必死で闘う。
「おいりとる、寝てんじゃねーぞ!!」 「眠いか、眠いか?寝んなよオイ」
先輩ディレクターのキツイ言葉が飛んできて我に返る。
夕方、やっと帰宅の許しが出たときは本当にホッとした。 眠れるならどんなことでもする状態だった。
そんなしんどい日がずっと続くのだった。
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