りとるのひとりごと。
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| 2002年04月18日(木) |
棚卸し〜中学編その2 |
棚卸ししております、未亡人りとるっす。 こうして文章にしてみると案外大変な人生を送ってきて いるのだな〜と我ながら感心したりしてね、ははは。 今日も長くて申し訳ないっす・・。
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中学3年の時だった。
毎年恒例の駅伝大会が迫り、クラスごとに選手を選ぶことになった。
当然、選ばれるのはクラスでも長距離走が得意な子ばかり。
それでも足りなければ短距離の速い子が選ばれる。
立候補を募った。が、人数が足りない。
進行役(学級委員)が推薦を募った。
「りとるさんが良いと思います」
誰かがとんでもないことを言った。
私???
短距離はクラスの中位、長距離に至ってはクラス一遅い私が?! 私はマラソンが大の苦手だった。
冬の体育が憂鬱だった。学校を休みたかったくらいだ。
そんな私が駅伝選手に選ばれた。
誰も意義を唱えなかった。
私は男子が怖くて何も言えなかった。
後ろから先生に見えないようにいろいろ投げつけられるのだ。 恐ろしい暴言も耳に入る。
駅伝の日、私は学校へ行った。
ずる休みはしなかった。
クラスのみんなの魂胆は分かっていた。でも逃げなかった。
駅伝と言っても、選手はみな一度グラウンドに戻ってきて そこでバトンタッチとなる。
私以外はみな長距離を得意とし、大会は盛り上がっていった。
私のクラスは、こともあろうに首位を独走していた。
アンカーだったかどうかは忘れたが、私はかなり後の出番だった。
首位を突っ走ってきた男子が私にたすきを渡した。
私は頑張って走った。 何も考えずに走った。 力の限り・・・。
私の横を、一人、また一人と追い抜いていく。
抜かれても抜かれても、私は走り続けた。
山間のたんぼ道。気がつくと私が一人で走っていた。
苦痛で倒れそうになった。
他のクラスの先生が声を掛けてきた。
返事なんてできる余裕はなかった。
もう私を抜く人はいない。
でもやめるわけにはいかないと思った。
気が遠くなるような道のりを走り、再び学校のグラウンドへ。
ゴールしたとたん、私は立っていられず近くの砂場でうずくまった。
と同時に、涙が溢れてきた。
私のクラスの子が一人もいなかったのだ。
駅伝は終わっていた。
生徒は散り散りに分かれ、グラウンドは閑散としていた。
「ちっ、オレがせっかく一位にしていてやったのに」 私の前を走った男子がそう吐き捨てて去っていった。
私はうずくまったまま泣き続けた。
涙が永遠に止まらないかと思うほど。
クラスメートの狙い通りになったこともくやしかった。 もっと速く走れたら・・。 さらし者にならずにすんだのに・・。
自分に対する「自信」・・そのころはこれっぽっちもなかった。
家に帰っても、駅伝の話はしなかった。
愛人の嫌がらせで疲れ切っている母を心配させたくなかった。
母はいまでも私がいじめられていたことを知らない。
それでいい。
毎日、一人部屋で泣いていた私は、私しか知らない。
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