りとるのひとりごと。
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今日も息子は早く寝た。 長い夜、うれし〜。ニコ。
んじゃま、棚卸し、いってみまひょか。 ちと長いのですびばしぇん・・。
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父の愛人による嫌がらせは、私が中学の頃からと記憶している。
毎日毎日、気が遠くなるほどの無言電話。
電話が鳴る音が恐怖に思えるのに時間はかからなかった。
たいがいは、出ると無言で切れる。 が、たま〜に、ずっと無言で切らない場合があった。
受話器の向こうから、かすかにテレビかラジオのような音と共に、 相手の息づかいが聞こえてくる。
鳥肌が立った。
相手はこちらを知っている。 けれど私は相手を知らない。 恐ろしかった。
時には、相手が声を出す時があった。
「お父さん出せ」
しわがれた女の声だった。
「出せって言ってんだよ!!!」
怖くて涙が出た。
父を呼ぶと、父はためらいもなく受話器をおろした。
私は激怒し、泣き、父が謝りにくることもあった。
・・謝るくらいならやらなきゃいいのにと、今は思う。
昔は今のようなナンバーディスプレイとか迷惑電話撃退設定とか 何も防御手段がなかったので、夜中は受話器をあげっぱなしに したこともあった。
が、相手は116に電話をし、NTTは恐ろしい音を受話器に 送ってくるのだ。この音は本当に怖い。 NTTまでもが敵に思えた頃だった。
私は大学の4年間、家を離れたのでその間は害を受けなかった。
一番受けたのは9歳年下の弟だった。
小学生だった弟は父の愛人のストーカー行為ですっかり精神が 参ってしまい、不登校になった。
母は弟と精神科に通った。
私が実家に帰って住むようになってからもいろいろあった。
電話番号を変えても無言電話はおさまらなかった。
父が相手に教えているのだからなくなるはずがない。
私と母は何度か電話の内容をテープに録音した。
「許さない・・・おまえのせいで私の家庭はメチャメチャだ・・」 「死んでやる・・!!!」
実際うちに電話をしながら手首を切ったこともあるらしい。
私は一日も早く家を出たかった。
仕事上でも悩みをかかえていた私は、精神安定剤が手放せなかった。 夜は誘眠剤なしでは眠れなかった。
ダンナと結婚が決まったときは、これでやっと幸せになれると 嬉しくてたまらなかった。
その頃も父の愛人は家の周りをウロウロしていた。 無言電話の女とはまた違う愛人。
父のような不器用な男が愛人2人だなんて、笑っちゃうよ。
私はこの愛人2人それぞれと相対することになったのだが。 母と弟を守れるのは私しかいなかった。
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