♡MY OWN WAY♡ |
2004年05月03日(月) |
最近では、ただ青い空を眺めているだけでも心がほっとできる。 青空は果てしなく一面に広がっているけれど、どこで見上げてみても 必ずしも同じように見えるわけではないという事を知りました。 それは、星空だって同じ事だよね。
3日前の夜、以前から募っていた不安定な私の情動は限界に達した。 もはや自分ではどうする事もできない極度の不安と恐怖に襲われ、 現実に対する逃避の気持ちは加速度を増し、抑制不可能となった。 次第に今まで抑え付けられていた自己の弱い内面が浮き彫りになって 行き、現実に加えて自分自身からも逃走したい気持ちでいっぱいに なった。過去・現在・未来の全てにおける自分という存在価値に嫌悪感 を抱き、私はただ無気力に涙を流して悲嘆する事しかできなかった。
お布団の中に入る事さえできなくて、時計を見ながらソファーの上で ただ一人泣き続けていた。時間ばかりが無情に流れ去って行く… そして3日後には、私は現実という生き地獄へ再び投げ出されるのだと 思うと遣る瀬なくなり、生きていく事さえ辛くて消えてしまいたかっ た。子供のように駄々をこねてワガママを言う事もできず、それまでの ように泣くだけ泣いて自分の中に押し留めようと努めてみたが、 もう強がりな自分は愛想を尽かれ、平気なフリをして笑顔でいる事も 不可能だった。むしろ、この気持ちを誰かに理解してもらいたくて、 救いを求めていた。
時計は2時を過ぎていた。それまでずっとそっとしておいてくれていた おばあちゃんが心配をして初めて声をかけてきたので、 大丈夫だと言ってようやくお布団の中に入った。 それでも涙は止まらない。おばあちゃんに 気づかれないようにお布団にうずくまって泣き続けていた。 せめて眠りに付く事ができれば楽になれると思い、 安定剤を飲んだが効果はなかった。 涙が止まらない…眠れない…辛くて苦しくて、もうどうしようもなくて 隣に居るおばあちゃんに「もう寝ちゃった…?」と声をかけてみた。 「ううん、どうしたの??眠れないの??」 という返事を聞き、安堵した。
おばあちゃんになら何でも話せそうな気がして、思い切って心のモヤモヤを全て打ち明けてみようと決心した。でも、簡単にはこの複雑な感情を言葉で表現する事はできなくて、話せば話すほどに悲しみが込み上げて来て、涙で声にもならなくなっていったが、破裂寸前の私の心は出口を求めて必然的に片言ずつ流れ出て行った。おばあちゃんはかなり動揺して私を疑っていた。でも、この悲しみの涙は明らかに本物で、おばあちゃんに伝わらないはずがなかった。最初は決まり文句のような励ましの言葉を並べるだけだったが、頑張り屋の私をよく知っているおばあちゃんは、誰よりも私を理解しようと努めてくれた。これが両親ならば、感情に押されて叱咤されていただろう。
翌日におじちゃんと話し合う事になった。 おじちゃんなら冷静に判断して良い対策を講じてくれると信じていた。 相変わらず私の涙は流れ続けていたが、私を理解しようとしてくれて いる相手がいるのだと思うと不思議に不安な気持ちは軽くなっていた。 この情緒不安定な状態では何も手に付かない。 今最も大事な卒論さえも… 前回、我が家へ戻ってからの生き地獄における苦痛がどんどん甦って来て、もはや、再び同じ苦悩を味わう事に対する恐怖心は不可避となっていた。これ以上に心に傷を負いたくなくて、可能ならば心の安らぐ場所に居たい。現実逃避かもしれない…子供染みたワガママかもしれない けれど、私にはもう地元へ戻る自信も勇気もなかった。 せめて心が落ち着くまでは…
私は決して自分の心の内を言葉で言い表したわけではないけれど、 おじちゃんはそんな私の気持ちを察してくれて、優しく受け入れて くれた。もしも今ここで再び地元へ戻ってしまえば、旧の木阿弥で、 私の症状が改善される事は決してないだろう。それならば、環境を 変えるしか他に方法がないと思われ、生活の場をここに移してみては どうだろうかって…夢のような話だった。 私、ずっとここに居てもいいの??許されるの?? もう地元へ帰らなくちゃいけないっていう恐怖に怯えなくてもいいの? もう遠くから心の故郷を思い焦がれている自分とはさよならできるの? 地元に対してホームシックにならない自信だけはあった。
おばあちゃんもおじちゃんもこのアイディアに心から賛同してくれた。 私は本当に甘えちゃってもいいの?? それこそ完全に現実逃避だよ… 私にとって親戚の家での生活は、幼い頃から限りなく夢に近い憧憬 だった。いくら願ってみても、決して叶わない現実だと思っていた。 病気になってから尚更に…でも、今なら叶えられるかもしれない。 早速おばあちゃんは両親に電話をして、相談を持ち掛けてくれた。 私は今まで両親に自分の素直な気持ちを伝えた事がない。だから、 きっと解ってなんてもらえないよ…こんな無謀な事を許してもらえる はずがない。でもね、私の苦悩は決して偽りでも中途半端なものでも ないんだよ。本当はずっと理解してもらいたくて、一人で 思い悩んでいたんだよ…
私は、いわゆる世間知らずの箱入り娘だった。 特にお母さんからは、今まで過保護に厳しく育てられてきた。 束縛されていた分、自分の素直な意志を表出する事はほとんどなかった。忍従の精神だけが養われていき、本当の自分は心の奥へと追い遣られていた。例えばファッションに関しては、頭のてっぺんから爪先 まで、お母さんの采配を通らないとダメだった。少しでも気に入らない部分があれば、注意を受け、私の自由意志はねじ伏せられていた。病気になってさらに悪化した。外出時においては、いつ、誰と、どこへ行くのか、全て監視されており、場合によっては禁じられたり、門限などの厳しい条件を突き付けられていた。外泊なんて一度もした事がない…だから余計に、親戚の家での生活は自由気ままで居心地が良かった。私はきっと両親の傍に居たら、いつまで経っても一人前の大人にはなれ ない…両親も子離れができないと思うよ。
おばあちゃんからの電話で私の決断を聞き付けた両親は唖然として いた。いきなりの出来事だったから、驚くのも無理はない。でも、私の症状には薄々と気づいていたみたいで、そのためにだったら咎められはしないけど、心の中では反対している様子がありありと伝わってきた。今まで何だかんだ言ってベッタリの親子だったからねぇ…いきなり一人娘が遠くへ行っちゃうなんて、想像もできないだろうなぁ。。裏切りの行為かもしれない。でも、私はそれを強く望んでいるの。ワガママだと思われても仕方がないよ。でも、ここで踏み出さなくちゃ、後で絶対に後悔しちゃうもん!さすがは私のお父さん、電話だけでは納得ができ ないからと言って、急遽、私のもとへ飛んで来る事になったよ… でも、私はもう絆されないからね。
その日の夜8時頃、お父さんが本当に私の目の前に現われた。 おばあちゃんとの電話では「娘を迎えに行きますから。」と言った らしい。お父さんの事だから、きっと私を厳しく叱咤する事なんて ないだろう…予想通り、私の元気そうな姿を見て、安心して 言葉を失ったようだ。 どうやら私が駄々をこねてワガママを言って、おばあちゃんたちを 困らせていたと思っていたみたい。。逆に、私は快く受け入れられて いたんだよ。「みほはもう今年で24歳にもなるのに、そんな悩み事を 抱えているなんてまだまだ子供だなぁ…」と、笑われちゃったよぉ。。 確かに大人げないかもしれないけど、私にとっては今までずっと 重大で深刻な症状だったんだよ… きっと両親や家庭内環境にも問題があったんだぞぉ。。
一応、親戚の家での生活の話は何とか承諾された。 でも、それには大きな問題や条件や犠牲や困難が立ちはだかっていた。もちろん、生半可な覚悟ではないので、自己責任で最後まで遣り遂げる事を約束した。無事に卒論を仕上げる事が第一の目的だから、それは 何としてでも頑張らなくちゃいけない!!むしろ、このような状況の方が、自分のためだけには頑張る事ができない私にとっては好条件なのかもしれない。ただ私の両親は、親戚の家での滞在期間を「卒論が完成するまで」と勝手に思い込んでいるようだ。私の中では、恐らくこのままずっと千葉で生活する事になったら、もう地元へ戻って来る事はないだろうと思っているんだけどね…この事は両親には内緒にしておこう。 きっと今そんな事が分かったら猛反対されちゃうから… 知らぬが仏だよ。時が経つにつれて、なるようになるよね。
親戚の家で生活するとなると、まず一番の問題は外来だぁ。。 私は今の病院と主治医が大好きだから、1ヶ月に1度くらいなら、千葉から倉敷へ通うつもりだよ。ちょうどゼミの先生に卒論指導をしてもらうのも1ヶ月に1度くらいで良いかなぁって…他の先生だったら、1週間に 1度のペースなんだけど、私のゼミの先生は楽チン(?)なのだぁ♪♪ ただ、親戚の家で病状が悪化しちゃったり、風邪を引いちゃったり したら、ヤバイぞ…主治医のもとへは絶対に行けないし。。 そもそも主治医は私が千葉で生活する事を許可してくれるのだろうか… ゼミの先生だって、私のワガママを受け入れてくれるのだろうか… ほぼ前代未聞だよね。。 私は迷惑をかけてばっかりだぁ(≧_≦)
病院と学校の事を考えてみたら、4週間くらい千葉で過ごして、1週間 ほど地元へ帰って用事を済ませてから、再び千葉へ戻るっていう感じ かなぁ…住民票は倉敷なのに、生活の場は千葉で本籍は静岡って、 なんか変だぁ。でも今は仕方がないよね。。 いつかは自分の大好きな場所で、ずっと生活して行けたらいいなぁって 思っているよ☆今は少しずつ出来る事から始めて前進して頑張って 行こう。両親の下を離れて生活できるだけでも進歩だよね☆ あ…彼氏にはこの事は言えない。。超遠距離になっちゃうよぉ(≧o≦) 逆に元カレとは近距離になってしまう… 今では彼氏とは1ヶ月に1度くらいしか会えていないし、 離れている事には変わりがないから… でも、同じ遠距離でも少しでも近い方がいいよね。。 一体今の私には何が一番大切なんだろう… こんなにも子供みたいに感情に流されてばかりで本当にいいの かなぁ…この冒険を乗り越えるためには、もっと心の整理が 必要なのかもしれない。
今日お父さんと一緒に地元へ帰ってきたけれど、来週にはまた 旅立ちます。今度は本当の旅立ちだよ。 でも…果たしてどうなっちゃうんだろうねぇ。。 不器用な私の事だから、自爆しないように気をつけなくちゃ(≧_≦)
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