Sun Set Days
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2003年09月27日(土) 『S.W.A.T.』+予告編

 仕事帰りに4人で『S.W.A.T.』を観てきた。大画面で観た方がいいハリウッド映画。実際かなりの大画面で観てきたのだけれど、迫力のある音が様々な方向から聞こえてきて見応えがあった。
 ストーリーは、精鋭警官が集められた特殊部隊S.W.A.T.から降格させられた男が、伝説的なS.W.A.T.の男に見出され、彼の作る新たなチームに入り再び危険と隣り合わせの任務の中に入っていくというもの。その最たるものが世界的な麻薬王を連邦刑務所まで護送するというもので、テレビの生中継で麻薬王が自分を逃がした者に1億ドルをやると発言したことによって、その任務は非常にやっかいで危険なものとなってしまう。上司である男と4人のチーム。主人公を入れた合計6人が周囲が敵ばかりといった状況で精鋭部隊の活躍を見せるのだ。

 予告などで見ていたシチュエーションから想像していたようなストーリーではなかったのだけれど、映画館で観てよかったとは思った。また、サミュエル・L・ジャクソン(あるいは今作には出ていないけれどモーガン・フリーマン)が出てくると画面がびしっとしまるような感じがするのはやっぱり巧いからなのだろうと思う。存在感があるし。


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 映画の楽しみのひとつに、予告編を挙げることができると思う。
 目的の映画がはじまるほんの少し前に、もうじき、あるいは数ヶ月先に公開される映画の予告編がはじまる。だいたい3本か4本。その映画館で次回公開される作品や、シネマコンプレックスであれば観ようとしている映画と系統が似ている作品(この映画を観るタイプの人にはこの予告編を流そうという意図があるのだろう)。それらはそんなに長い時間じゃないのにときに心をぐっと掴み、好奇心を刺激する。そこには作品の魅力を凝縮した何かがあって、短い時間に印象的なシーンが連続して続き、効果的な音楽がそれを彩り、大きく(ときに小さく)出演俳優や、監督たちの名前が挿入される。○○賞受賞とかの文字が流れることもある。とにかく、そういった夥しい情報があたかも奔流のように押し寄せてくるのだ。映画の中でも印象的なシーンばかりを集めているのだからそれはやっぱり魅力的な映像で、たった数分の映像なのに気が付くと引き込まれてしまっている。

 たとえば、それがまったく前知識のない、見知らぬ作品だったとしても、予告編の出来がよかったらやっぱり観に行きたくなってしまう。もちろん、中には予告編のシーンだけがいいシーンだったというような期待はずれの作品もないわけではないけれど、予告編のトーンが好みの作品には実際当たりの作品が多いような気がする。そう、大切なのは空気感というかトーンなのだ。
 予告編の中では実際の作品の時系列はばらばらに分解させられてしまうし、登場人物たちの関係性が実際とは異なっているかのように見えてしまうことさえある。それでも、それが作品のトーンを正確に表しているのであれば、それはよい予告編ということができるはずだ。そして、ちゃんとトーンを間違わずに表していれば、予告編に惹かれた人が本編でがっかりすることも少なくなるはずだ。

 ずっと以前に観ていまでもかなり好きな作品である『トリコロール』3部作なんかは、青、白、赤それぞれの色をモチーフにした映像と音楽があまりにも印象的で、絶対に観ようと思ったし、やっぱり昔の映画で『天使の涙』なんかも、かなり魅力的な予告編だった。そしてそれらの作品は、とても印象的にその作品の持つトーン(たとえば、その作品の世界では空気はどんなふうに太陽の光の通すのかということについてなど)を、とてもよく映し出していた。他にも、数え上げればきりがないけれど、惹きつけられる予告編は数多い。中にはぐっと泣きそうになるような予告編もあって、そういうものを観るとなんだか締め付けられるような気がしてしまう。
 やっぱり、短い時間にその作品のトーンのようなものを凝縮しているわけだから、予告編で泣きそうになったり、ものすごく期待を持ったりしてしまうというのは充分あり得ることだと思うのだ。それに、予告編にさえも印象的なシーンを挿入することが出来ないのであれば、それはやっぱりおもしろい作品ではないのだろうし。

 また、単館系の映画館は概して予告編の数が多くなるようで、たとえば東京でミニシアターに行くと、東京中の単館で上映されている作品をアピールしているのではないかというくらい予告編が多い。平気で20分とか予告をしていたりする。けれども、それはそれで悪くない。単館系の作品の場合には、風変わりで凝りに凝った、予告編自体がショート・フィルムのような印象さえ与えるものもあって、魅力があるし。

 そして予告編といえば思い出すのが、学生時代に通っていたミニ・シアターのことだ。
 大学時代、友人と一緒に毎週ミニ・シアターに行くということを自分たちの中の習慣にしていた。そのミニ・シアターでは、だいたい東京から半年遅れくらいで単館系の作品がやってきていて、しかも週毎に異なる作品を上映するといういま思えば、かなり魅力的な映画館だった。毎週異なる単館系の作品が上映されるので、もちろん僕らは毎週そこに通った。『ギルバート・グレイプ』を観たのも、『猫が行方不明』を観たのも、『告発』を観たのも、岩井俊二の初期作品群を観たのも、全部その映画館でだった。僕等は5回通うと1回無料になるスタンプの会員にもなって、映画館のおばさんたちとも顔見知りになって、とにかくもう毎週通った。たくさんの映画のチラシをもらったし、だいたい座る場所も決めていて。100席もない小さな映画館だったけれど、それでも暗くなるとそこは様々な世界を垣間見せてくれる最高の場所のひとつだった。

 その映画館も、やっぱり予告編が多かったのだ。必ず20分くらいはあって、今後上映していく作品を順番に映し出していくのだ。地方都市のさらにはミニ・シアターということで、経営的な問題が結構厳しかったのかも知れない。良質な作品を多数上映しているのだけれど、そもそも作品自体がマイナーなために予告編という形で観てもらわないことには、惹きつけられないといったところがあったのだろう。その予告編を観ることは楽しみのひとつだった。もちろん、たまには長いなぁーと面倒に思えたりするときもあったのだけれど。

 それでも、その予告編のスタイルだと、1ヶ月後公開の作品の予告編を毎週観ることになるという利点もあった。同じ作品の予告編を何度も観るというのはなかなかにないことで、何度も観ている内に新しく気が付くことが出来る点があったり、数週間後に公開を控えているそれらの作品の実際の物語を想像したりする楽しみもあって、そういうのが楽しかった。また、しばらく予告編の顔ぶれに変化がないなと思ったいたら、一挙に1ヶ月分くらいの予告編を追加するときなんかもあって、そんなときにはそれがひとつの独立した楽しみになってしまったりもした。
 あの映画の予告編を見ることができる、映画館に行く途中にそのことを思い出して、ちょっとだけ期待してしまっていたことなんかもあるし。

 これからも、よい席をとるために少し早めに映画館に行くたびに、予告編を観ることになると思う。
 胸を打つ、魅力的な予告編にたくさん触れることが出来ればいいなと思う。


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 いまは『インファナル・アフェア』がとても楽しみなのです。


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