Sun Set Days
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数日前に読了した『なぜこの店で買ってしまうのか』は興味深い本だった。エンヴァイロセル社の創業者でありCEOであるパコ・アンダーヒルの手による本なのだけれど、最初は副題にある「ショッピングの科学」という言葉を不思議に思っていた。もちろん、流通や小売りは(他の産業に比べて考察が遅れている分)いくらでも科学的に考えていくことのできる素材だ。ただ、本書ではショッピングにいったいどのような科学的な法則なり理論なりを示してくれるのだろう? と思ったのだ。
本書ではすぐ、それを説明してみせる。それはこんなふうにだ。
彼らとショッピング環境(商店のほかに銀行、レストランも含む)のかかわりかたを研究し、そのときラック、棚、陳列台、看板、バナー、パンフレット、道順の案内、コンピュータを利用した対話型情報案内、入口、出口、窓、壁、エレベーター、エスカレーター、階段、スロープ、レジの列、銀行の窓口の列、カウンターの列、化粧室の列、あらゆる通路の端から端──駐車場の隅から店のいちばん奥──まで漏れなくカバーすれば、それがショッピングの科学の始まりといえる。(11ページ)
本書は、もし文化人類学者がそのようなことを研究の題材としていたら、自分たちがショッピングの科学を調べることはなかっただろうと言う。けれども、実際には文化人類学者たちはそのようなことに注意を払わなかったから、彼らがそれを行うようになったのだ。 もちろん、ショッピングの科学は店の研究ばかりではなく、店内で実際に客が行うこととの関連で考えていく。すべての看板も、それを見る人との関係性において有効性が図られるべきだからだ。
行くところと行かないところ、行くまでの経路、見るものと見落とすもの、読むものと読まないもの、目にした品物にどう対応するか、いわばどのようにして買うか──どのように棚からセーターを引っ張り出して胸にあて、胃腸薬の効能書やファストフード店のメニューを読み、買い物カゴを使い、ATMの列に反応するか──(11ページ)
そのようなことも彼らは調べる。調べるためにはトラッカーという調査員(普通の服装をしている、一般客に見えるのだが、実は他のターゲットと決めた買い物客の行動をつぶさに観察し、細かく指定の用紙に書き込んでいく人たち)を用い、また店内につけたビデオカメラ等の膨大な情報もその助けになる。 つまり、彼らはいままで誰もがやろうとしなかった、店の中で起こっているすべてを様々な方法で収集し、分析し、改善、改革をしていくためのチームなのだ。
彼らの調査の結果、たとえばこういうことがわかるようになる。
・試着室にもって入ったジーンズを実際に買う割合 男……65% 女……25%
・コーンチップスを買う前に袋の栄養成分表示を読む客の割合 企業や学校のカフェテリア……18% 町のサンドイッチショップ……2%
・コンピュータを眺めている客が実際に買う割合 土曜日の午前中……4% 午後5時以降……21%
・ショッピングモールの家庭用品の店で 客が買い物カゴを使う割合……8% カゴを使う客が実際に品物を買う割合……75% 反対にカゴを使わない客が品物を買う割合……34%(18〜19ページ)
そして、そのわかったことから導き出されるのは、
この場合は当然、過去に学んだことのすべてを利用して、カゴを使う客の数を増やす方法を提案する。ショッピングの科学とは、あえて言うなら、調査、比較、分析を通して商店や商品を買い物客により適合させるための高度に実践的な学問だからだ。(19ページ)
ということになる。 その最初の部分だけで、本書がかなり興味深い内容を示しているということがわかると思う。誰もが日々お客であり買い物をしているはずなのに、その環境についてそのように考察してみようとは思ってはいなかったはずなのだから。よしんば思ったとしても、このエンヴァイロセル社のように、地道にかつ徹底的に実行することはなかったはずだ。
本書の中には、興味深い内容がたくさんある。主要通路沿いにあるネクタイ売り場の不振が、ネクタイを見ているときに混雑によって後ろからぶつかられてしまうことによるものだということだとか(通路幅を広げたら売り上げは好転した)、女性客がノーブランドやストアブランドの美容製品を選ぶ決断のプロセス(パンテーンとストアブランドのラベルを読み比べ、それから価格を見比べてからストアブランドをカゴに入れるなど)、あるいは買い物客に必要な滑走路である移行ゾーンについてなどが述べられている。どれもなるほどと思うことで、その調査結果によって得られるのはどちらかというと小さな改善の積み重ねというところだ。 けれども、自分の周りを見回してみても、そのような小さな改善を常に行うことができているとは決して言えないのだ。 だからこそ、それらの小さな改善を積み重ねていくことによる効果のようなものは非常に大きいということができるだろう。 サム・ウォルトンも、一坪ごとの改善を続ければ、平凡な商人でも非凡なことができると言っていたし。
コンバージョン・レート(実際に品物を購入する来店客の割合)と、買い物カゴの位置の関係性なども興味深い。コンバージョン・レートが低いのであれば、店内のより多くの場所に買い物カゴ(ないしはカート)を用意しておくというものだ。つまり、買い上げ率が低いのは店舗が魅力的ではないことの他に、ついで買いをしようと思ったときに、そこにちょうどよいタイミングでカゴがないためということもあるのだ。そこにカゴがあれば、それを手にとって通路を歩いている内に興味を引かれた(最初は買うつもりのなかった)品物を買うようになるだろう。 調査結果からも、買い物カゴを持った客が商品を買う割合は高く、また店内の滞留時間が長い客はより多くの品物を購入するわけでもあるし。
他にも、様々な普段行っている買い物のシーンばかりが書かれているのに、切り口が異なるだけで新鮮に感じられる内容が多く見える。本書の中ではそれらを「ショッピングのメカニズム」(看板の効果など)「ショッピングの統計的研究」(男性と女性の違い、子供と老人の買物など)、「ショッピングの力学」(パッケージや商品に触れること、会計と包装、サイバーショッピングなど)と章立てして解説している。
固定観念に縛られずに、かつ常識的に考えることが重要なのだという一見矛盾することを、あらためて思わされた。
おもしろかったところを何カ所か引用。
レジの行列に向けたカメラが、いくつもある瓶や箱を取り落とすまいとしてジャグラー顔負けの芸当を披露している客をとらえていた。そのときにふと思ったのだ。あの男、カゴを使えばいいのに、と。 なぜ彼はカゴを取らなかったのか? 店にはカゴがたくさんあるが、ドアのすぐ内側に置かれていた。おそらく人々の頭のなかで、ドラッグストアとカゴが結びつかないのだろう。店に入るときは、必要なものを一つ二つ買うつもりでいるが、しばらくしてほかにも買うべきものに気づくのだ。(……)われわれは、三個以上の商品を抱えた客にカゴを手渡す方針を、全従業員に徹底するよう提案した。経営陣はこれを採用した。人は誰かが親切にしてくれると嬉しいもので、ほとんどの客は喜んでカゴを受け取った。カゴの使用がみるみる増えると、平均売り上げにも同じことが起こった。まったく同じように上昇したのだ。小売業でもうけを増やす最も簡単な方法は、現在の顧客にものをより多く売ることだ。(69〜70ページ)
これは私個人の経験だが、空港で飛行機を待って過ごす時間は実に長い。多忙なビジネスマンの例にもれず、私も待ち時間に仕事をする。だが近ごろは、空港のテレビのために注意の集中を妨げられてばかりいる。CNN制作の航空旅客向けの番組のためだ。どうしても消すことができない。ゲートラウンジにいるのが私一人のときもつけっぱなしだ。私は静かに怒りを燃やし、二度とCNNの番組は見るまいと心に誓う。ところで、空港にはどれほど多忙なビジネスマンでもただぼんやりとつっ立っている場所がある。荷物コンベヤーのまわりだ。そこでなら、スーツケースが転がりでてくるまで、誰もがCNNのウォルフ・ブリッツァーに感謝するだろう。(95ページ)
先日、ニューヨークの金融街にあるホテルのエレベーターに乗ったところ、壁の鏡の下にこう書かれていた。「腹ぺこの顔」。そして、ホテル内のレストランの名前と紹介が添えられていた。保証するが、この案内板の露出率は100%に近いだろう。これを見た人はにやりとして、本当に腹ぺこかどうか自分に聞いてみるにちがいない。おみごと。(97ページ)
とはいえ、買い物の社会活動としての一面は不変のようだ。現代の女性も友達と買い物するのが好きで、たがいに選びあったり、まずい買い物をしないように注意しあったりする。男が二人揃っておでかけして、一日がかりで素敵な海水パンツを選ぶ日がくるとはちょっと考えられない。これまで見てきたように、女性が二人で買い物をするときは、一人だけのときよりも多くの時間と金をかけるのがふつうだ。男性を連れた女性よりも多くの買い物をし、長い時間をかけることはたしかだ。店に入った二人の女性は買い物マシーンになる可能性があり、賢明な小売店はこの行動をけしかけるためなら何でもする。(152ページ)
最近のめざましい成功をおさめた塗料がマーサ・スチュワートとかラルフ・ローレンのようにライフスタイルの教祖の名を冠して売りだされているのも偶然ではない。(……)昔はペンキ売場といえば店の奥の肥料袋の裏あたりだったのだが。ペンキはハードウェアからファッションになった。それはひとえに女性が手を染めるようになったからだ。男がペンキを塗るのは、壁がはがれてひび割れたときだが、女がやるのは、壁ではなく、自分に変化が必要だと感じたときだ。もちろん、ペンキ塗りはこれまでもずっとふつうの男や女の能力の範囲内にあった。しかし、ここにいたって初めて、ペンキそのもののパッケージ、マーケティング、売られ方のユニセックス化が進んだのだ。(164ページ)
ゼネラル・ミルズは子供向けのテレビ番組の合間に放映されるコマーシャルでさかんにポップコーンを宣伝したが、販売戦略を知らない商品開発の例にもれず、子供の手の届く位置にそれを陳列しそこねた。(……)六歳前後の男の子がポップコーンの置かれた棚に向かって何度も飛び跳ね、それを落として母親に見せようとするシーンが写ったビデオを、われわれはいまでもクライアントに見せている。男の子はようやくそれを落とすことに成功するが、母親はそれをカートに入れようとはしない。しょんぼりした男の子はそれを棚に戻すのだが、元の場所ではなく、自分の目の高さに戻す。次にそこを通りかかった子供が案の定、それを見つけ、ポップコーンを取って父親の押すカートに入れるが、今度は棚には戻されなかった。買い物客の観察から智恵を学んだ決定的瞬間である。(195〜196ページ)
調査によれば、タオルは売れるまでに平均六人の買い物客がさわっているという結果がでた(使用前に洗ったほうがよいのはこのためだ)。(217ページ)
ここで、現実の店でしかできないことを以下に三つあげてみよう。
1 さわったり試したりなど、感覚に訴えること。 2 ひと目で気に入ること。 3 他の人とのやりとり。
これらについて注目すべきは、前もって計画された購入行動とはほとんど関係がなく、買い物の感覚的、実験的な側面、つまり一般大衆は大好きだがインターネットにはまだ実現できない、非常に俗っぽい楽しみに大きく関係している点である。(305〜306ページ)
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今日は休日だったのだけれど、印刷用の用紙とインクリボンを買うためにヤマダ電機まで行ってきた。目的の物を購入し、ふと立ち寄ったCD売り場にCharaのMaxiが売られているのを見つけて、それも一緒に買っていくことにした。 そして、レジでお金を払っていたら、少し待たされて「おめでとうございます!」と言われた。 「は?」と思った。「ありがとうございます」だろうと思ったのだ。 ところが、それは確かに「おめでとうございます」で、50人に1人に、3万円までキャッシュバックというのにちょうど当たってしまったのだ。 レシートのいちばん下に【当たり】の文字が印字されていて、もう1枚のレシートのようなものと2枚手渡され、サービスカウンターに行ってくださいと言われる。 そこでも「おめでとうございます」と言われ、氏名や電話番号や住所を記入すると、そのときの買い物に支払ったお金が戻ってきた。
税込みで、1019円。
もちろん、微妙だよなあとは思っていた。50人に1人なのだから喜ぶことなのだろうし、買い物がタダになったのだからやっぱりラッキーなことだ。けれども、電機店で、様々な品物があるのに、Maxiシングル1枚分のキャッシュバックか……と思ってしまったのだ。 でもまあ、やっぱり得したことには変わりないかと思うようにする。うーん。
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お知らせ
Charaの「みえるわ」はきれいな曲です。
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