創造と想像のマニア
日記というよりもコラムかも…

2005年04月08日(金) 「血脈」読了。

そ、そんな終わり方?
ってな感じでした。「だから何?」というか、それまでの話が簡単に纏められたというか、台無しというか……
何だか身も蓋もない感じで。
一体この人たちは何だったんだろう。それに、佐藤家の男兄弟というか、男の事しか描いていないんだよね。男だけじゃないけれど、一応自分の姉の話も書いてるけれど、それ以外の佐藤の女の話はないんだよね。名前だけで。佐藤家の嫁の話なら出てくるんだけれども。それって、佐藤家の女の親戚たちとは特に交流がなかったという事なんだろうか、それとも有名になった男としか繋がりが無かったのか、用がなかったのか、興味がなかったのか…そのどれでもないのか解らない。
男たちの生き方があまりにも我儘だったから女たちの生き方があまりにも平凡で、差がありすぎたのかも。佐藤家がどうのこうの…と書いてあるが、男兄弟たちが「父親の愛情を貰ってない」という理由で自分の行動を正当化しているただのアホなだけでは…なんて感じたりもした。確かに全ては洽六が女にしか興味なく、愛人を作り、愛人との間にも子供を作ったし、奥さんとの間にも子供がいる。でも、それは子供が欲しかったわけでも、子供を育てるわけでもなく、単に避妊せずに遊び捲っただけで、自分のシモの世話も出来ないだらしない男なだけで、そんな親を持った子も確かに不幸だが、それを理由に好き勝手に我儘に生きていいというものではないし、正当化する理由にもならない。生きた時代が違うからというのはあるけれど、単に甘えていただけにしか感じられない。
男尊女卑の時代だから許されていたのかな。明治、大正、昭和の時代の流れを感じる事が出来て、そこはとても面白かった。でも、佐藤家にとって第二次世界大戦はどういうものだったのだろう。ドラマや映画の内容とは全く異なるサラッと書いてあるので、勿論苦しみや痛み…恐怖、様々な混沌と向き合っていたけれど、それを敢えて言葉にしなかったようにも感じる。あれだけの家族を持ち、自分もとんでもない旦那2人に大変な目に遭いながらも自分の力で生きている人だから「苦しい、辛い、悲しい」なんて安っぽい言葉を吐き出さない人のように思える。読み始めた時は佐藤愛子に対していいイメージは持たなかったけど、この作品の終わり方はどうあれ思った事を口にし過ぎるのに、辛い事等をすぐに口にする人ではない男前な所に惹かれている自分がいました。でも、洽六とシナをはじめとする佐藤家の人たちに対しては相変わらず…な気持ちでいっぱいです。


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未森

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