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2005年03月06日(日) Factory55(「けいごのわらってこらえて」)


「それじゃあ元気よくカメラの前に走っていって、お父さんやお母さんにあやまりたいことを言ってください」
景吾は他のお友達と一緒にハイと声をあげました。
でも俺、ごめんなさい、することなんてないなぁ
景吾はとてもいい子にしているので、あやまることなど何もないからです。


今日、この幼稚園に「テレビのしゅざい」が来ると、何日も前から言われておりました。みなさんの遊んでいる姿を撮影したり、お話をきいたりするそうです、と先生は言いました。そのお話をきかれるグループに景吾は選ばれたのです。
「みなさんはこの幼稚園の代表ですから、聞かれた事にしっかり答えてくださいね」
さっき園長先生がここにいるみんなにそう言いました。だから順番を待っている間、景吾は腕を組んでうーんと唸って考えました。
そして、いい事を思いついたのです

「あやまることがなくて、ごめんなさい」
景吾が大きな声でそう言うと、カメラのすぐ横あたりに座っていた男の人が「え、あやまることないの?」と言いました。
「ないです」
「へぇ、全然ないんだ」
景吾はうんと首を振りました。
「そうかぁ、すごくいい子なんだね」
「まぁね」
景吾はニッコリと笑いました。いつもお祖父さまやお祖母さまは景吾のことをいい子だねとほめてくれます。お母さんは違う意見ですが。
「そうか、なんにもないのかぁ。じゃあね・・・」
男の人が言いました。
「お父さんと、お母さんが、知らないことってありますか?」
「知らないこと?」
「そう。お父さんや、お母さんが、知ったらびっくりすること」
「あります」
景吾ははっきりした大きな声で言いました。
「それって、どんなことかなぁ」
景吾はちょっとまよいました。なぜならそれは「ひみつ」だったからです。
「教えてくれませんか?」
でも景吾は今、幼稚園の代表なのです。きかれた事にしっかり答えなければ、代表として「しっかく」なのです。
「じゃあ、教えてあげる」
「ありがとう。なにかな?」
「あのね、俺、もうフィアンセがいるんだ」
「フィアンセ!」
男の人が声をあげました。
「難しい言葉知ってるねぇ」
「まぁね」
ばらぐみの中で景吾は一番の物知りでしたから、それぐらいの言葉を知っているのは当たり前です。
「相手はこの幼稚園の子?」
「そう」
「つれてきてくれるかな?」
「いいよ」
景吾は駆け出しました。この時間なら、きっとあの子はお庭で泥だんごを作っているはずです。

「つれてきた」
全速力で走ってきた景吾ははぁはぁと息をしながら言いました。
「その子が・・・」
男の人は一瞬黙った後、景吾が手を繋いでいる相手にお名前は?と言いました。
「かばじっていうの。かばじはさくらぐみなんだ」
きょろきょろと辺りを見回しているかばじに代わって、景吾が答えてあげました。
「かばじくんが、あとべくんのフィアンセなの?」
「そうです」
頭一つ大きいかばじを見上げて、景吾は言いました。
「フィアンセって結婚する予定の人のことだよね?」
「うん。知ってるよ」
景吾は頭を振りました。
「あれ、でも、かばじくんは男の子だよ?」
「もんだいありません」
胸を張り、景吾はきっぱりと答えました。
「なぁ、かばじ」
なにがなんだか分からないと言った様子でぼんやりしているかばじと結んだ手を、ぶらぶら揺らしながら、景吾は、あ、そうだと叫びました。
「あやまることあったよ」
かばじの方が大きくて、身体が一方に吊り上げられるようになりながら、景吾は言いました。
「かばじのパパとママにごめんなさい」
「それは、どうして?」
「かばじがお嫁に来たらかばじのパパとママがさびしくなるから」
「あーそうなんだ。かばじくんがお嫁さんなんだ」
「うん、そうだよ」
ね、と言いながら、景吾は爪先立ちになって、びっくりして目をぱちぱちさせているかばじのやわらかい頬に、いつものようにキスをしました。




★続きます★




 

 

 

 

 

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樺地景吾
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