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2004年11月25日(木) Factory50(跡部)


机がガタガタなり、カバンを開け、クラスの皆が本を取り出す。
 朝の10分間読書なんて誰が考え付いたんだろう
 たかだか10分、本を読ませたからといって、それが何のためになるのか。さっぱり分からない。読まない奴はそっとしておけばいいし、読みたい奴は10分なんて中途半端な時間じゃとてもたりない。まぁこんな考えも口にすれば屁理屈を言うなと返されるだけだろう。
 彼は小さく眉をひそめながら、手に取った文庫本を叩き付ける様に机の上に置く。その音は思ったより強く響き、隣に座る友人が怪訝な顔つきで彼を見据えた。
 宍戸、お前それどこまでいった?
 物言いたげな友人が口を開く前に彼は言う。
 やっと義仲が挙兵したんだ
 なんだ、まだそんなところか
 うるせぇなぁと言わんばかりに友人は肩を竦め、開いた本に目を戻す。同じクラスになるまで、この友人が歴史に興味があるなんて知らなかった。「芭蕉は忍者だったんだぜ」とか「徳川埋蔵金は戦時中に軍部が発見してもうないんだ」とか、あやしげな知識もその興味には含まれているが。
 卒業するまでに壇ノ浦まで行けばいいな
 彼は本心からそう言ってやったのに、友人はからかわれたと思ったのか、顔を上げると口を曲げてみせた。同じ平家物語の小説でももっと短いのはなかったのかと思いながら、彼もまた本を開く。
 もうあと少しで読み終わるその小説は彼にとって憂鬱でしかない。
 なんでこんなの選らんだんだろうなぁ、俺
 頬杖をつき、息をつく。

『藤木、君は僕を愛してはくれなかった。』

 教科書に載っていたこの作者の随筆を授業で担当したのは教育実習できた大学生だ。なぜか知らないが作者についての解説に一時間も割いて、この作品について熱弁をふるっていた。大学生も単位をとるためには大変だよなぁと思いながらも、なんとなく、この小説の題名だけが頭に残った。

『そして君の妹は、僕を愛してはくれなかった。』

 妹か。そういえば、あいつにもいたな、と彼は後輩の顔を思い出す。
 全然、似てねぇけど
 彼が遊びに行くと、お気に入りの玩具を前にした犬みたいに、目を輝かせて駆けてくる子供は、その兄と違って人懐っこいし、お喋りだ。子供の甲高い声に、彼の耳はきしむが、相手をしてやらない訳にもいかない。そんな彼の様子に、後輩は申し訳なさを目に表しながら止めようとはしない。
 あれは絶対面白がってるよな
 だから、すいません、なんて後でしおらしく言ったところで、彼は信じず、ぷいと横を向いて聞こえないふりをするのだ。

『僕は一人きりで死ぬだろう。』

 彼はその一文をじっと見つめた。話の主人公は一つ下の後輩を好きになり、けれどその願いは叶わず、後輩が亡くなった後でその妹の事を愛するがそれも拒絶され、危険な手術を受ける。まるで死に急ぐように。
 なんだよ
 彼は苛立ちを覚える。
 死にたければ死ねばいい、勝手に
 その後パラパラとページを捲り、斜めに視線を走らせ、本を閉じる。読み終えた本はノートに記録していくことになっていたから、彼はノートを開き、書名と作者の名前を書いて、その横にある、感想の真っ白な空欄を見つめた。
 こんなのって、ねぇよ
 彼はシャーペンの先を紙につけず、円を描くようにぐるぐると回す。
 こんな風に、俺は
 彼の手が止まる。
 俺なら、どうするだろう

 最初から言わなければいいんだ。言わなければ、汐見だって藤木の傍にいられたのに。どうしてそれで満足しないんだろう。いったい何が欲しかったんだろう。汐見は

 俺は

 終了の鐘が鳴る。担任が出て行き、一時間目の授業が始まるまでのほんの短い休み時間、教室の騒がしさも彼には少し遠い。
 跡部、もう、その本読んだの?
 ペンを動かす彼に友人が言う。頷いて返すと、ノートを覗き込んできた友人が声をあげる。
 お前、何、ラクガキしてんだよ
 友人が指を指した先で、彼のペン先が感想を書き込むはずの空欄を四角くなぞり、塗りつぶしてゆく。
 ラクガキじゃねぇよ
 はぁ?じゃあなんだよ、暗号?
 友人は笑い、たまにお前おもしろいことするよな、と呟く。
 彼は返事もせず、黒で小さな欄を埋め尽くす。何かを塗りこめるように、真っ黒に。





★秋の読書週間その2
「草の花」福永武彦。文が美しく、とてつもなくかなしい。
ちなみに宍戸さんが読んでるのは吉川英治の新平家物語。
義仲挙兵からまだまだ終わりまで遠いよ・・・
宍戸さんは「義経はモンゴルに渡ってチンギスハーンになった」と主張する子供です★




 

 

 

 

 

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樺地景吾
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