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2004年11月24日(水) |
Factory49(樺地) |
どうかしたのか? 気遣わしげな声とテーブルの上にドンとバッグを置く音は同時。あなたは顔を上げ、首を竦めるようにして挨拶する。椅子を引きずり出して座る、彼の立てる音が静寂を裂く。あなたはきょろきょろと周囲を見回す。図書館にはまだ何人も生徒が残っていた。普段はお喋りはやめなさいと司書の先生が怒ることもあったが、テスト前の今の時期はさすがに皆静かに勉強に励んでいるようだ。 国語? 広げていた教科書を彼が取り上げる。 漢字とか、文法ならまだ分かるけど パラパラとめくるページに彼は目を落とし呟く。 この時作者は何を思ったでしょうか、とか、主人公の心情を説明しろとか、バカバカしい問題だよな あなたははぁと息をもらすように相槌を打つ。 書いた奴だって、これで金が入るなぁって思ってただけかもしれない。主人公の気持ちなんて読む奴によって感想なんかセンサバンベツだろ あなたは頭の中で「千差万別」と漢字で書きとってみる。 あーあ、バカらしい そう言って小さく欠伸をすると、彼は教科書を枕のようにして机に突っ伏す。そのまま動かないので、あなたは帰りますか、と訊ねる。 彼は頭を起こし、あなたを見据える。 約束してるんだろ、他の奴と あなたはまぁと口ごもる。一緒にテストの勉強をしようと部の同じ学年の友人達と約束したことは、朝、彼にも告げていた。だから、しばらくは一緒に帰れないとも。 で、他の奴らは? 立ち上がった彼に、みんなは掃除当番で遅いのだとあなたは答える。 ずいぶんのんびりした掃除だな、あいつら そう言って彼は、テーブルの上を滑らしてあなたに教科書を返して寄越す。 「オラオラデシトリエグモ」
彼の口からもれる言葉にあなたは目を見開く。 テスト範囲なのか、今回 あなたは頷く。 俺も去年やったから、そこ あなたは教科書を開き、その一文を見つける。 (Ora Ora de shitori egumo) 死の床についた妹を詠った詩。その作者の妹が囁いた言葉だ。 なぁ、樺地 あなたの横に立つ彼が呼びかける。そのまま言葉を待ったが、彼は続けず、ただあなたの髪の上に手を置いた。励ますように、大丈夫だからと言うように、ぽんぽんと二、三回、軽く頭を叩いてくる。 じゃあまたな あなたは短く返事をする。 バッグを肩にかけ、離れてゆく彼を見送りながら、あなたはもう一度教科書に視線を投げかける。あなたがさっきまで読んでいたのは、彼が思ったのとは違う、もう一つの詩だ。
わたくしが青ぐらい修羅をあるいているとき おまえはじぶんにさだめられたみちを ひとりさびしく往こうとするか
彼が言うように、授業で教えられたものではない感想を、許されるとしたなら。 あなたは思う。これはあの人のことだと。なんとなく、おぼろげに、確信を持って、あなたは思う。こんなにも痛ましく、死の影に満ちた詩に、なぜあの人を思うのか、あなたにも分からない。
★秋の読書週間その1 「春と修羅」宮沢賢治より。 「永訣の朝」と「無声慟哭」どっちも教科書に載ってた気がする・・・。
「グスコーブドリの伝記」が一番好きですよ。小学校の時、校内放送で朗読されたのを聴いたのが賢治先生原体験なんで。★
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