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2004年08月02日(月) Factory45(榊・芥川)


準備室に先生はいない。職員室だとヤバイな。あそこは嫌い。俺の事を嫌う教師より、心配してますよって顔してるやつの方が苦手。元気とか大丈夫とか、言えば気が済むみたいに簡単に口にする。
あんたたちなんていらないよ、先生は一人でいい。
もしかしてここかな、って音楽室を開けてゆく。第一には誰もいない。第二を開けたらバイオリンとか持ってる女子が何人かいた。オケ部の練習だろう。でっかくて大人みたい、靴を見なくても三年だって分かった。さっさと戸を閉めようとしたら、ちょっと待って、って声をかけられた。
「タロウちゃんとこにいつもいる子じゃん」
扉の影から顔だけ出すと誰かが言った。俺は何か用?って言う。
「タロウちゃんなら第一のベランダにいたよ、さっき」
高い声。どっと笑う。本当に、バラエティの効果音みたいに笑うのがおかしい。
「ちょっとそんなことこの子の前で言ったらダメだって」
「別に言いつけたりしないよね」
ね、って言葉が俺に向けられたって気がついてびっくりして、俺は顔を引っ込めてパッと後ろに下がる。
「あ、いなくなった」
「驚いたんじゃない?」
「だめじゃん、脅かしたら」
俺はするする扉を閉める。かわいいのにねぇ、なんて言ってるのが最後に聞こえた。
女って無責任だ。かわいいかわいいって、なんでも「かわいい」に収めておけば安心みたいに言うんだ。
俺はかわいくなんてないし、かわいくなりたくないし、そんなのってもうたくさんだ。
それにタロウちゃんとか気安く呼ぶなバーカバーカバーカ。
俺がここでブスって言わないのは、先生が前に「人の美醜を見た目だけで軽々しく判断するような奴は、薄っぺらい人間だ」とちょっと怖い顔をして言ったからだ。俺はかっこいい人間になりたいので、じゃあ言うのは止めようと思った。
でも先生はうつくしいものが好きだって言ってたのにな。
そこには人は入らないのかな。入ったら大変だ。俺も跡部みたいにきらきらしなきゃいけないのかな、美技とか言って。
そんな自分を想像すると、ありえなくて面白くなる。笑っちゃいそうになりながら、さっき覗いたはずの第一音楽室に戻る。ガラガラ扉を開けて「先生」って呼んだ。
「せんせーせんせー」
言ってる間に節がついてきて、先生先生って歌いながら、ベランダに続くガラス戸を開ける。
先生は音楽室にある椅子を一つベランダに置いて座ってた。
「先生、なんで返事してくれないの」
振り向いた顔を見て、俺の声が聞こえていたことが分かった。
「返事をする前に芥川が来た」
本当はちょっと面白がってたんじゃないかなって思う。だって口元が笑ってる。
「先生、なにしてんの?」
先生はぱっと掌を上に向けて両手をちょっとあげてみせる。こういうことをするから先生はキザだとか気取ってるとか思われるんだ。でも俺は全然かまわない。
並んでる椅子を持ってきて先生の横に並べる。先生は手伝ってくれないし何も言わなかったけど、席をずらして場所を空けてくれた。
空が高い。じりじり日差しが照りつけて、半そでの俺でもけっこう暑いのに、先生はきっちり上着を着て、いつも持ってる銀のライターを掌の中で転がすようにしてもてあそんでいる。
「吸わないの?」
たまにここで、先生が一服していることを俺は知っている。いちいち決められた場所に行くのが面倒なのかな。
「吸わない」
「俺がいるから?」
先生は俺の前ではタバコを吸わない。でもいつも吸うのは、俺には読めない文字の書いてある青いパッケージのタバコだって知ってる。たまに準備室の机に置きっぱなしにしてるから。いっぱい吸うわけじゃないみたいだけど、先生の上着からはいつも、何かいい香りのする木を燃やした後みたいな匂いがする。俺は結構その匂いはいいなって思う。
「止めたんだ」
「へぇ」
なんでって聞いたほうがいいのかもしれないけど。
「良かったね」
俺の口から出た言葉はそれ。
「良かったって、なにが」
「たばこって肺が真っ黒になるんだよ、この前テレビでやってた」
「だから?」
「まだ灰色ぐらいですむよ、先生。良かったね、長生きできるじゃん」
先生が俺をじっと見る。
「なに、先生」
ライターを握った手を口元に押し当てるようにして、先生の背中が曲がる。
「なんでそこで笑うの」
先生は顔を隠すようにして、声を出さずに笑う。揺れる肩に手を触れようとして俺は止める。なんとなく。どうしてかな。
「今、止めたところで遅いかもしれないけどな」
ようやく顔を上げて先生が言う。
「遅くない」
「そうか」
「でも、ホントに止めんの?」
「あぁ」
「じゃ、それどうするの?」
先生が持っているライターを指差す。
「これは・・・」
「俺、預かってあげるよ」
だって持ってたら“ゆうわく”されるでしょ、って言ってやった。先生はライターに視線を落とし、ちょっと考えるようにしてから「いや、だめだ」と答えた。
「なんで」
「子供に持たせるわけにいかない」
またこれだ。先生は子供、子供ってちょっと俺のことをなめてると思う。
「俺、子供じゃない」
先生が首を振る。
「子供じゃないから」
「子供でいなさい」
先生は上着のポケットにライターを落とす。
「芥川は子供でいいんだよ、もっと」
なんだ、それ。ムッとして頬が膨れる。どうせ俺は子供だ、先生とはいっぱい歳の差があっていつまでも追いつけない。
「いいよ、十分、子供だから」
「十分、子供か」
組んだ手を胸元に当てるようにして、先生が俺を見る。
「じゃあ子供を楽しみなさい」
どうせすぐに大きくなるんだから、と先生が言う。
「すぐに大きくなれる?」
「嫌でもな」
嫌なんかじゃない。俺は早く大きくなりたいんだ。
「先生はそう言うけど、俺は全然“すぐ”って気がしないよ」
「大人の時間と子供の時間は違うからな。芥川は長く感じるだろうが」
「いいなー大人って」
「そうかな」
「一日あっという間じゃん。授業もすぐ終わりそう」
最後は余計だったらしい。先生は腕時計を見て「時間だぞ」と言った。
「大丈夫。走れば間に合う」
「廊下は走っちゃいけない決まりだろう」
これだから、先生は先生なんだよなぁ。俺は立ち上がって椅子を片付けて、先生に「失礼します」と叫んだ。“先生”にはこういう言葉を言わなきゃいけないから。
「またな、芥川」
先生が軽く手を上げる。俺は走るように歩きながら、歩くように走りながら、「またな」って口に出して言ってみる。
また来ていいってさ。そういうことだ、きっと。





★拍手用に書いたら長くなったので★




 

 

 

 

 

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樺地景吾
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