|
|
∧
2004年02月01日(日) |
Factory36(キリリク/樺地・跡部) |
『北部は北海やバルト海に面した低地で、ところどころ沼地や湖があります』 景吾は向こう側にいる男の子の耳に聞こえるように大きな声で読み上げました。 『今から二万年前ほど前の氷河期には、スカンジナビア半島に中心を持つ大陸氷河がこのあたりまでおしよせてきていました』 本を下げて、景吾は男の子に言いました。 「氷河期っていうのは恐竜がいた後の時代だよ」 男の子が恐竜が好きな事を知っていたので景吾がそう付け加えたのです。それでも男の子は景吾に背中を向けたまま、ひざを抱えるようにして開け放たれた窓のそばに座ったまま、振り向きもしません。景吾は本を持って立ち上がりました。 「かばじ」 男の子は目を伏せたまま、窓からこぼれる光が床につくる輪をじっと見ているようでした。 「かばじ、かばじ、返事しろ」 景吾が本の背で男の子の肩をつついても、男の子は何も言いません。 「かばじ」 景吾は男の子の前にしゃがみこみました。男の子の目の周りはべとべとに濡れています。景吾はそんな男の子に何を言っていいのか分かりませんでした。だから景吾はだまって掌でその子の目と頬を上から下にごしごしとふいてやることにしました。 男の子はおとなしくしていましたが、ふいにパッと立ち上がると、部屋の反対側に歩いていってまた座り込んでしまいました。景吾はべとべとになった手を服のすそでふくと、床に置いた本を持って男の子のそばに行きました。 「かばじ、かばじ、ほらこれ見ろよ」 景吾は男の子に見せるように本を広げておきました。表紙をあけてすぐのそこには世界地図が書いてありました。 「ここが、日本。今、俺たちのいるところ」 指でトントンと叩くと、ひざに顔をうずめるようにしていた男の子の顔があがりました。 「それで、ここが、お父さんとお母さんと俺が行くところ」 景吾がそこを指で指すと、男の子はぶんぶん首を横に振り、本を取り上げると閉じてお腹とひざの間に隠すようにはさんでしまいました。 「なんだよ、かばじ」 男の子は首をふるだけです。景吾は大きな声を出そうとしましたが、男の子の目からまた涙が流れ始めたのを見て止めました。なぜだか景吾の胸がきりきりと痛み始めます。
お父さんの仕事の都合で、景吾はもうすぐよその国へ引っ越します。 それを聞いた学校のお友達は一学期の最後にみんなでお別れ会を開いてくれました。 でも、景吾には分からないことがありました。それは景吾にさよならを言う友達の何人かがワァワァと泣き出したことでした。景吾が家でそれを言うと、お母さんは景吾がいなくなって寂しいから泣くのよと教えてくれました。 でも景吾には分かりません。景吾には寂しい事なんて一つもないのです。 知らない遠くの国に行くのはとてもドキドキすることで、それは友達といることより、面白くて素敵なことのように思えたからです。 でも。
「泣くな。泣いたらダメだ、かばじ。泣くのはよわむしのすることだって言っただろ」 景吾がきっぱり言うと、男の子の震えていた肩がぴたりと止まりました。 「本を返して」 男の子はぐすぐすと鼻をならしながら、それでも本を取り出しました。景吾はもう一度世界地図のページを開いて置くと、さっき指差した日本の隣に広げた掌をくっつけました。 「かばじも、手」 男の子の手がそっと景吾の手の横に置かれました。景吾は男の子の手をはさむように、左手を置きました。 「そっちの手も」 景吾の言うとおりに男の子が手を置きました。 「ほら、ちょうどここだろ」 景吾は片手を離して、男の子が最後に置いた手の甲をつつきました。 「ここが俺の行くところ。ちょうど俺とかばじの手が四つ分、それだけなんだから」 景吾の言葉に男の子は濡れた瞳をまたたかせましたが、首を振って、小さな、とても小さな声で何か言いました。 「かばじ、もう一回言って」 男の子はふくらんだ風船がしぼんでいくときの一番最後に出てくる空気の音よりも弱くて小さな声で言いました。 でも、ちかくない。 「近くないけど、でも」 ちかくない。 「近くないけど、てのひら四つで着くんだから。だから」 だから、すぐまた会えるんだ。景吾はそう言おうとしました。そう言って男の子が泣くのを、男の子がかなしむのを止めたかったのです。でも、本当はそれがとても遠くて、すぐに行ける様な、すぐに会える様な距離でない事は景吾にも分かっていました。 景吾はぐっとくちびるをかみしめました。そうしないと、心の中の何かが出て行ってしまいそうだったからです。 「たった四つじゃないか。今よりは遠いけど」 景吾は小さく息を吸い、男の子の手の下にある本を引き出しました。 「だから、近くないけど、遠くないから」 景吾は立ち上がりながら、なんでもないことのように口にしました。そのまま男の子の目を見ないようにして、その子の横に座りなおすと、ページをめくり始めました。 「すごくいいところなんだって、お父さんが言ってた」 のどをしぼるようにして景吾は言いました。 「だから、お前もいつでも遊びにきていいんだぜ、かばじ」 男の子が横で小さく頷くのが分かりました。 「でも、俺の行くとこ、どんなところか、お前も勉強しないと来ちゃダメだからな」 そう言って景吾はページをめくり、男の子に聞かせるようにさっきの続きを読み始めました。
『中部はなだらかな丘陵や、それより高い山地や山脈が横たわる地域です。南部は・・・』
景吾は自分の声がちょっとかすれておかしくて、いつもならすらすら読めるような文をつっかえてばかりいることに気がつきました。 かばじが気がつかないといいな。そう思いながら、景吾は男の子に向かって、ゆっくりゆっくり、本を読んでゆきました。
★一万打キリリク番長真柴さんの「子供な樺地と跡部」のお申し出によるもの。
あの二人なんでも幼馴染だそうですが、幼馴染というものがよく分からない・・・だいたいずっと一緒にいてあの関係でおくキレないよ樺地・・・というわけで一度転校させればどうかなぁ、樺地。と心の中の樺地に問いかけてみました。 跡部父もたとえ会社の跡継ぎでもよそに修行には出されるよ!ということで。そして数年後帰ってきたら覚えてない・・・どちらかが・・・なぜった子供ってそんなものだから。 という観点によるものなのですが。
お気に召すかどうか・・・すいません・・・★
|
∨
|
|
INDEX
past will
Mail Home
|