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2004年01月24日(土) Factory35(樺地・跡部/冬コミペーパー再録)


「流れて漂う浮き雲の旅は続く」


 あんなに馴染み深かった部室もだんだん遠く感じられてゆくような気がする。何百、何千も出入りしたドアもどこかよそよそしい。ま、錯覚だ、こんなもの全部。
 まるで見知らぬ家を訪れるような気分でそのドアを開けると、ちょうど背を向けて座ってたあいつが振り向いて、小さく頷くみたいに頭を振ると、そのまま前へ向き直る。
 それだけかよ
 ほとんど毎日顔つき合わせているし、感動するほど久しぶりじゃないし、驚くほど懐かしくもない。あいつの表情に変化がでないのも、淡白でぶっきらぼうなのにも慣れている。でももうちょっとリアクションとかねぇものか。
「なんだ、もうお前だけしかいないのか、樺地」
「ウッス」
 俺を見もしないで返事だけ。もう書きかけの日誌へ意識が戻っている。
「ふーん」
 つまんない返事。
 手が空いてないのは見りゃ分かるけど。だいたい日誌なんてサクサクあった事書いときゃいいんだよ。そんな考え込んでチマチマ他の部員の評価とか報告とか・・・まぁ俺は書いてやったけど。
 だからって他人にそうしろなんて俺は引き継いだ二年どもに強制しなかったのに。
 そんなことつらつら考えてたら、あいつが自分の左にある椅子を引き出して、座る所をバンバン手で叩く。まるで子供にさぁここに座りなさいって言ってるみたいに。ふざけんな。
 でも座ったけど
 サラサラ書き出したかと思うと、手を止めて考えていたりして、やっぱりあいつはこっちに目もくれない。
 つまんない
 欠伸が出る。テーブルに腕を滑らして、そこに顔を伏せる。部室で寝る奴なんてジローぐらいしか知らない。こんな部屋のどこがいいんだか。暖房切ったら寒いし、男ばかりのむさ苦しい臭いはプンプンするし最悪だ。そんな場所とも、もうすぐお別れ。
「遅くまで、大変ですね」
 その声が俺に向けられたものだって気がつくのが遅れたのも、こんな場所でちょっとウトウトしかけたせいだ。
「え?」
 顔も上げずに訊き返す。
「生徒会の引継ぎをしていたんでしょう」
 そうそう、その通り。人気だけで選出されたみてぇな来年のバカ会長にあれこれ教え込んでた。まぁあんな奴でも選ばれた自覚はあるから、そのうちしっかりするだろう。所詮自治だ、なんだ言ったって、中学生じゃろくなことさせてくれないし、学校なんて。
 そうやっていろんな事を引き継いで、全部渡して去ってゆく。
「大変なことなんて全然ねぇよ」
「そうですか」
「うちのバカ犬ぐらいには覚えがいい」
 空気が漏れるみたいな音がした。あいつ、笑ったのかな。頭をちょっと起こしてあいつを見上げる。
「あの犬は元気ですか」
「あぁ。バカみたいに」
「また家に連れてきてください。妹が・・・」
 喜びますからと言う。前に散歩がてらあいつの家に行った時、あいつん家の妹がわぁわぁはしゃいでたのを思い出す。うちのバカ犬も大喜びで帰りに引き離すのが大変だった。
「妹、元気?」
「はい」
 もちろん、そうじゃないと困ります、って感じ。歳も離れてるし、幸いこいつに似てもいないし、かわいいんだろうな。妹の話をする時なんかすごく目が優しくなるから。
「じゃあまた散歩のついでに行ってやるよ」
 ありがとうございます、なんて言う。丁寧すぎるよな。そりゃあ俺は一年上で、先輩だけど。どこかで俺が待ってやらないと、同じ学年にはならないんだ。
 あーあ。つまんないの
 ま、後輩だからって言う事きかせるのもいいけど。俺はそういうのばっかりじゃないんだ。そういうのばっかりで、こいつといるんじゃない。
 また欠伸が出た。俺、疲れてるのかなぁ。
 頬に当たるテーブルがひんやりして気持ちいい。ここだってちゃんと当番が拭いてるか最近は知らねぇし、きったねぇかもしれないけど、ま、いいや。
 その時あいつの手が俺の頭にポンと置かれたのでちょっとびっくりした。そのまま子供の頭を撫でるみたいに髪に触れられる。こっちを見てもいないのに。
 その手を取って、掌をテーブルに押し付けて、その上に頬を載せる。
 あいつの手もちょっと冷たかった。
「ケチケチしないで暖房ぐらいつけろよな」
 そう言ってやったらこっちをチラッと見て、寒いんですかと訊いてくる。
「これぐらい平気」
 そうですかってな感じで頷いて、でもそのままこっちを見るから。
「なんだよ」
「重いです」
「当たり前じゃねぇか重くしてんだよ」
 あいつの眉が少しだけ真ん中によるのは困った時の証拠だから、俺は顔を上げてその手を解放する。
「本当は寒いの大嫌い」
「分かってます」
 あいつの目がパチパチまたたく。
「待つのも嫌いですよね」
「あぁ」
 はぁと小さく息をついて、止まってたあいつの手が動き出す。さっきよりかは早く。
 俺はあいつの方に椅子を引きずって、机に向かっている曲がった背中にちょっと身体を寄せる。腕の上の方に頬があたる。こっちは掌よりあったかいので、寒いのもちょっと平気。だから待つのも平気。
「早くしろよ」
 いつもみたいな短い返事。まぁ、しっかりやれよ、樺地。









★2003/12のコミケで配ったペーパーより★




 

 

 

 

 

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樺地景吾
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