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2003年11月03日(月) Factory27(樺地・跡部)


 あいつの導火線に、どうすれば火が点くのか、俺はいまだに分からない。だけど、その瞬間だけは分かるんだ。
 いつもと同じように唇が固く結ばれて、いつもみたいにちょっと背中を曲げて歩いている、その歩調が少しだけ乱れる。いつもはひたひた静かに歩くのに、地面を蹴り上げるみたいにして歩いて行く。
 黙っていてもその沈黙はいつもと違う。周囲を、この俺を遮断するように黙りやがる。
 俺だってその背中に何にも言ってなんかやらない。
 待てよ、なんで俺が樺地の後ろを歩かなきゃいけないんだ?
 
 俺があいつを追い抜かすと、後ろで一度ぴったり足音が止まる。ついて来るのか、そのまんまどっか行っってしまうのか。
 行っちまえ、馬鹿。 でも、そうだ、あいつ、俺のバッグ持ってるじゃないか。
 そう思って顔をあげたら、樺地の奴がまた俺の前にいた。

 お前ごときが、樺地のくせに、なんだ、それ。
 
 俺たちは馬鹿みたいに追い抜いたり、追い抜かれたりしながら学校に向かう。俺は途中で馬鹿馬鹿しくなって、笑いがこみ上げてきて、あいつの横を通る時に見上げてみたけど、あいつは全然おもしろがってないから。

 俺ばっかりそんなの、余計ムカつく。

 下足室の前にほとんど同時に辿り着くと、あいつはいつもと変わらずに、でも突き放すように、俺のバッグを俺に押し付けて、俺の目も見ないで、くるっと踵を返して行ってしまった。いつもなら俺が下駄箱に行くまでここらに立ってるのに。
 俺もさっさとそこを立ち去る。まるでここに置き去りにされたような、そんな気分になる前に、さっさと行かなくちゃいけない。



 ムカつく。



 胸の中がじわじわ焦げてゆくように、ムカつく。腹が立つとか頭にくるとか怒り心頭とか、どんな言葉も表しきれない。胸を焦がしてあがる煙が身体中にじわじわ広がって、苦しくなる。



 こういう時はとことんツイてない。
 普段なら学年も違うし、通りすがりに顔をあわせる事もあんまりないのに。
 移動から帰る途中、横にいた宍戸が「あ、樺地だ」なんて言いだす。
 教えてもらわなくったって、とっくに気づいてる。あいつはでっかいから、どっからだって、すぐに分かるんだ。
 教師にでも言いつけられたのか、ぐるぐる巻いた地図だか歴史表だかの束を抱えて歩いてくる。あいつの横にいる女子も同じようなのを一本だけ持ってる。相変わらず、いいように使われてやがる。
 樺地くん親切だねとか、そういう甘い言葉にだまされてんじゃねぇよ。お前、親切なんかじゃなくて、断ったり嫌だって言うやり取りが面倒くさいだけなんじゃねぇの。
 誰とも向き合わない。それが楽か?楽しやがって。俺とも。
 
 あいつが俺と宍戸に気がつく。遅い。目だけ走らせて、宍戸を見て、小さく頭を下げて、通り過ぎる。

 宍戸だけを見て。それだけ。

「あ、跡部、お前なにやってんだよ」

 宍戸があ〜あと大げさにため息をつく。俺はノートや教科書やペンが散らばる床に視線を落とす。

「ダッセぇの」

 宍戸がニヤニヤ笑いながら俺を見る、その表情が不思議なものでも見るように一瞬変わって、また元に戻る。
「落としてんじゃねぇよ、ほら、拾えって」
 踏まれちまうぞと言いながら、転がってったペンを宍戸が拾おうとする。
「さわんなっ」
「ハァ?」
 俺は足もとのノートを足で蹴る。
「なんだ、それ、人が親切で・・・」
 宍戸の声が頭の上を滑ってゆく。
 落としたんじゃなくて、叩きつけてやったんだ。あんまり頭にきたから。そんなのは俺らしくない。だから余計に腹が立つ。
「勝手にしろ」
 宍戸の声が今度はちゃんと聞こえた。少し怒っているようにも呆れているようにも聞こえた。悪いなと思った。

 でも俺は何も言わない。




 部活が何の支障もなく終わる。俺はあいつと目も交わさない。言葉を交わす必要もなく、何の滞りもない。
 備品の管理とか点検とか整備の報告とか、忙しくしているうちに、あいつの姿が部室から見えなくなってた。

 ま、それならそれでいい。別に一人で帰れない訳じゃない。
 
 一緒に帰ろうと忍足と岳人たちが言ってきたけど、俺は鍵当番だから遅くなると断った。待ってると言うのにも、いいから帰れと追い出した。


 一人になる。外の冷気が部室にしんしんと伝わってくる。とっくに日誌も書き上げたのに、俺は磨りガラスから洩れて来る夕陽の赤が消え、皓々と灯る蛍光灯が明るさを増し、外が静かに夜へ変わるのを待っている。


 最終下校時刻のチャイムが聞こえた。門が閉まる前に出なくちゃいけない。事務室に鍵も預けないといけない。ガタガタと椅子を鳴らして立ち上がる。身体が冷えて強張っていた。こんなことは、良くない。



 部室の扉を閉め、鍵をかける前に、気配に振り向いた。


「忘れ物か」
 ひっついた喉を無理矢理こじあけた時みたいに、俺の声はかすれて響いた。
 目の前のあいつが首を振る。
「鍵、かけるぞ」
 じゃあなんだとか、何してんだとか言いそうな事、言いたい事を俺は口にしない。ガチャガチャ鍵を閉めて、行こうとすると、遮るようにあいつの手が伸びる。
「なんだよ」
 あいつの手がちょっとだけ揺れる。あ、そういうことか。
「自分で持つからいい」
 肩にバッグをかけて、差し伸べられた手を除けるようにはじいた時、少しだけ触れた、あいつの手の冷たさに驚いた。
 俺の驚きは顔に出てしまっただろうか。見上げた先にある、あいつの目がぱちぱちと瞬く。
 いつから、なんで、ここにいるのか。俺は訊かない。

 歩き出すと、後ろから足音が聞こえた。あいつの足音だ。

 事務室に鍵を返して、閉まりかけた門の脇に立つ警備員にすいませんと頭を下げて、俺は学校の外に出る。あいつも一緒だ。
 もう一筋の光だって空には残っていなくて、空に冬の星がポツポツ輝くのが見えた。道筋にある家々から、あたたかい光と、何かの食べ物の匂いが漂っている。
 俺たちはずっと、何も言わず、黙ったまま歩いていた。たいした距離じゃない。部室から、学校から、すぐそこの角の交差点まで。
 俺は歩調を緩めて、あいつの横に並んだ。こっちをちらっと見ただけで、前にも後ろにも行かずに、あいつはそのまま、俺の横に立って歩いていた。


 交差点まで、とても長くに感じた。


 信号が青に変わる寸前に、あいつが口を開く。
「跡部さん」
 言葉と一緒にこぼれる息が白い。
「何も言うな」
 俺の息も白くあがる。
「俺も言わない」
 あいつの瞳が少しだけ細くなり、軽く頷く。
「じゃあな」
 俺は信号を渡る。あいつとはここから帰る方向が違うから。

 横断歩道を渡りきってから、もと来た方を振り向くと、まだ向こう側にあいつの姿が見えた。信号がチカチカして赤になる。軽く手を上げると、あいつが頭を下げる。俺が通り沿いにあるバス停へ歩き出すと、あいつも歩き出す。俺が行く方向とは反対側、あいつの家がある方へ。

 バス停から、俺はあいつの背中がどんどん遠く、暗がりに消えて行くのなんて見ていない。
 ただ考えていたんだ。あいつが現れる前の俺はどんなだったかって。

 記憶を失ったみたいに、思い出せなかった。取り戻せない。何かが変わってしまったから。

 悔しい。

 冷たい空気が瞳に刺さり、思わず瞬かせた目を俺はぬぐう。

 バスが来た。いつもなら遅れるのに、時間ぴったりだ。
 




















☆あやまらない景吾(@チャット)より。なんか違うことになってますが・・・意地っぱり中坊☆




 

 

 

 

 

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樺地景吾
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