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2003年10月26日(日) Factory26(・・・小学生※全ての漢字に心の中でフリガナをつけてください※)


 むこうから一人の子供が歩いてきます。男の子です。

 男の子の長いくつしたには砂が白くこびりついておりますし、ひざにはかわいた血がにじんでいます。着ている学校の制服のズボンのおしりも砂でよごれていて、制服の片方のそでのボタンが取れかかっているのが見えます。

 男の子はうでをぶんぶんふりながら歩いていて、元気のいい子供に見えます。
 でも、もっと近づくと、男の子の深い海のそこのようにすこし青みがかった黒い目からこぼれ落ちたなみだが、男の子の白くてふっくらしたほほにあとをつけているのが分かります。への字に曲げたくちびるからは、ときどき、きげんのわるい犬みたいなうなり声が聞こえます。
 みなさんも、転んでひざをすりむいた時に、いたくてうんうんと声をあげることがあるかもしれません。でも男の子がいたいのは、すりむいているひざではなく、心なのでした。

 次の角をまがれば男の子の家です。男の子はぐっとにぎった手でごしごし顔をこすりました。家にいるおかあさんには、ないている事を知られたくなかったからです。
 その時、男の子は自分が手ににぎりしめていたものに気がつきました。
 男の子のほどいたてのひらには、どんぐりが一つありました。それはこの秋はじめて、男の子が学校の裏庭でみつけたどんぐりでした。
 男の子は顔をあげ、目をぱちぱちとまたたかせると、くるりとむきをかえて走り出しました。
 
 いくつかの角を曲がって、男の子はある家の前で立ち止まりました。男の子はとじられた鉄柵の門に手をかけて、つまさき立ちになって中をのぞきこみました。その家はとても静かで、まだ誰も帰ってきていないようでした。
 男の子はポケットからさきほどのどんぐりを出して、もう片方のポケットから取り出したティッシュでくるむと、門の横にある郵便受けに入れました。どんぐりが小さくコツンと音を立てるのが聞こえました。
 男の子はそのまま、家の周りを囲うごつごつした塀を手でなぞりながら、その家の庭の方に回りました。男の子の見上げた先に、その家の二階の部屋の窓が見えました。今はぴったりとカーテンが閉まっています。
 その部屋に男の子はこれまで何度も遊びに行きました。ときどきは門の横のインターフォンをならさずに、ここからその窓に向かって名前を呼んだりもしました。
 もう、この家に来るのも、この窓を見るのもこれっきりかもしれません。
 そう思うと、男の子の目からまたなみだがこぼれました。ぬぐってもぬぐってもなみだがでるので、男の子の制服のそではぐっしょりぬれてしまいました。

「おれがわるいんじゃないもん」

 なみだが男の子ののどをふるわせます。その言葉がとても弱々しくひびくことに、男の子はびっくりしました。そしてこんなにかなしくて、心がいたくなることに、だんだん腹がたってきました。
 男の子はなみだのにじんで目できっとその部屋を見つめました。

「かばじのばか」

 そう叫ぶと男の子は背中のランドセルをカタカタならしながら、もと来た道を走り出しました。

 でも男の子の足はだんだんおそくなって、とうとう止まってしまいました。
 男の子は後ろを振り向きました。誰もいない道の向こうに、大きな夕日が見えました。男の子は自分がたった一人になってしまったような気がして、とてもさびしくなりました。

「おれがわるいんじゃないもん」
 男の子はのどをヒックヒックとならしながら言いました。
「おれがわるいんじゃないもんっ」
 けれど、本当はそうではない事を、男の子は分かっているのです。
 男の子はさっきよりも重くなったような気がするランドセルを背負いなおし、ぎゅっとくちびるをかみしめて歩き出しました。
 
 この男の子の名前を、跡部景吾といいます。












★プロローグ。小学生編、まだまだ続く★




 

 

 

 

 

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樺地景吾
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