Coming Up...trash

 

 

2003年09月22日(月) Factory22(樺地・跡部)


開け放たれた窓から夏のノイズが零れて広がる。

なんだ、あれ、蝉か。うるせぇ。

彼は目を覚ます。真新しさの香る畳から顔をあげ、大きく伸びをしながら、ゆっくり意識をこちら側へ取り戻す。
待っているのが、退屈で、暇で、ゴロゴロしている間に眠ってしまったらしい。
伏せていた腕についた赤い跡を消すように擦りながら、身体を起こすと、部屋の真ん中に置かれた座卓の向こうに横たわる影が見えた。
 
 お前、なにやってんだ。終わったのか。

その呟きにもぴくりとも動かない。彼は膝立ちになって広げられた原稿用紙に目をやる。ちまちました文字が格子を埋めていることだけを見て、それを脇に寄せると、彼は座卓の上に身を乗り出し、横向きに寝ている相手の肩を強くゆすった。

 起きろ、樺地

深い寝息のリズムは変わらず、相手は彼の手を避けるように転がると、座卓の足に頭の後ろををくっつけるようにして止まった。

 ジローみてぇ

寝起きの悪い友人を彼は思い出す。思い出しながら、少しひんやりした木肌の上に腹ばいになり、肘をついて覗き込む。

そういえば寝ているところなんてあんまり見た覚えがない。去年も今年も夏合宿は部屋が別だし、練習試合の移動の時もずっと起きていて、駅が近づけば皆を起こしてまわるような奴だから。 

いつもまっすぐに向けてくる瞳はうっすら閉じられていて、眉尻が力なく下がっている。規則正しい呼吸音を漏らす緩く開いた口元が時々餌を求める雛みたいにパクパク上下する。あんまりにも安らかで、滑稽で、彼は笑いを堪えながら、無防備な頬に触れてみる。思ったよりザラザラしていることにちょっと驚きながら、つまんだ指で頬を引っ張った。

 ヘンな顔

小さく声を上げて笑っても、ずいぶん強くつまんで伸ばしていても、相手は目覚めない。今度は閉じたまぶたに指を置く。無理やりのぞかせた瞳の、意志の閃きに欠けた鈍い輝きが痛ましく気味が悪くて手を離した。
それでも相手は起きない。
彼はあ〜あと溜息ともつかぬ声を張り上げながら手を突いて、そのまま座卓の上に乗り、相手をまたいで、窓辺から外を見上げる。青い絵の具に塗り残されたような雲がポツポツ浮かぶだけ、差し込む日差しをさえぎるものは何もなく、目に痛いぐらい光る庭の緑からは、蝉の声ばかりが静かな部屋に響く。

 俺がわざわざ来てやったっていうのに

まだこれだけ終わってませんと学校指定の原稿用紙を指して言う。この間からずっと抱えている夏の宿題だ。かわりに書いてやるとまで言ってやったのに、自分でやるの一点張りだ。さっさと終わらせてやろうと横から口を出せば、結構ですと言う様に黙って首を振る。
大抵のことは言う事をきくのに、ヘンなところで忌々しいほど頑固な奴。

 暑ぃなぁ、クーラーねぇのかよ

シャツの襟をパタパタと動かして首筋に風を送りながら振り返る。壁際にクーラーはあるものの、リモコンが見当たらない。
目で探しながら、畳に転がった相手を見れば、寝返りをうったのか、今度は座卓の下に頭をもぐりこませるようにして、彼の方へ背を向けていた。彼は斜めに射す陽に灼かれ、ところどころ汗でシャツが張り付く広い背中に、体当たりするように身体をぶつけ、寄りかかって座る。
首を捻って見ても相手の様子は変わらない。彼はあくびをして、ずるずると身体を畳へすべらす。

 つまんねぇから俺まで眠くなってきた

頭で思い切り相手の背中をドンと突つき、大きなあくびをすると、彼は伸ばした身体をゴロゴロと転がし、折り曲げた腕を枕にして、うつぶせに寝転がる。
 
 おやすみ

怒鳴るように張り上げた声も夏のノイズにかき消され、彼は眠りの階段を一歩一歩降りてゆく。



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陽射しの熱とは違う、あたたかい何かを感じて、あなたは目が覚める。身を捩じらせて後ろを見ると、あなたの傍ら、あなたの背中に息がかかるほどの近さに、人が寝ている。あなたはそっと起きる。その人がひどく安らかで心地良く、ほんの少し微笑むようにして眠っているのを見て、あなたの心にあたたかい何かが流れ込んでくる。そのあたたかい何かが、あなたの手を動かし、その人の汗ばんだ前髪に、あなたはおっかなびっくり、そっと触れた。



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彼はふいに胸をしめつけられるような多幸感を覚える。
どうしてなのかは分からない。たぶん夢だからだろう。
これは夢だ。
彼には分かっている。
彼は賢いから、夢と現実を取り違えることなど決してない。
夢で感じたことを、現実に持ち越しなどしない。

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★メモ。夏の日の午後★




 

 

 

 

 

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樺地景吾
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